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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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414/535

410:時間切れ

 ヌロゥの左目にはセラが何人も映っていた。

 幾重にも重ねられた鏡の義眼。まさに万華鏡のよう。

 それを見たセラは、魅了されてしまう。離したくとも、目を離すことができなかった。ついさっき入った絶世界とはまた違った引力。

 元より力を抜いたヌロゥに倣うように、セラも脱力した。脱力させられた。ただただ敵の左目だけに目を向け、だらりと腕を垂らし、両膝を着いた。

 不思議なことに碧きヴェールは消えていない。意識もはっきりしていた。万華鏡の瞳に魅せられ、脱力したことを除けば、何ひとつ変化はなかった。ヌロゥへの戦意もはっきりと残っている。さらに言えば、野営地前の戦況でさえ把握できている。至って平常。むしろヴェールを纏っていることで普段以上と言っても過言ではない。

「『碧き舞い花』、お前が最期に見るのは、希望か? 絶望か?」

 ぬらっとした笑みを浮かべ問うヌロゥの声。すんなりとセラの耳に入ってくる。しかし彼女は返事をしない。そんな場合ではなかった。どうにかしてこの状況を抜け出せないかと思考を巡らせていた。

 そんな彼女の考えを察したようで、ヌロゥはくくっと笑った。

「抵抗は無駄だ。舞うこともできないはずだ」

 確かに彼の言葉通りだった。ナパードもできない。こんなにも意識がはっきりしているのにと、セラは歯がゆく思う。

 ヌロゥがセラと目線の高さを合わせる。そして彼女の顎の下に指を当て、顔をわずかに上げさせる。

「最期の審判だ。お前は希望に死ぬか? 絶望に死ぬか? 見ものだな」

 目前の左目に釘付けになる中、セラはわなわなとさせながらどうにか口を動かした。

「なにを、した……」

「ほぅ、さすがは『碧き舞い花』だ。動くか。だが、それも時間の問題。すぐに……っち!」

 言葉を切り、舌を打つとヌロゥは立ち上がった。すると、彼女の視界に万華鏡が見えなくなったからか、セラの脱力が解けた。彼女はすぐさまオーウィンを力強く握り、斬り上げた。

「ふっ」

「っく」

 ヌロゥは一瞥もせずにセラから距離を取った。

 すぐさま立ち上がったセラは、ヌロゥへと駆ける。しかし、敵がその身から空気をの膜を剥がしたことに訝しみ、足を止める。

「惜しいが、時間切れだ。本当に惜しい。本来なら譲りたくなかったが、遊興が過ぎた。時間配分を間違えたか……」

「おい」

「これは叶わぬ願望だが、『碧き舞い花』……」

 ヌロゥは中空へとその手を伸ばし、指輪を光らせた。すぐにロープスにより空間に穴が空き、その暗闇へと姿を消してゆく。

「できることなら生き残ってくれよ」

「待――」

 完全に姿を消す前にと、セラは再び駆けだそうとした。しかし一歩目を踏み出した瞬間にヌロゥから意識を逸らさざるを得なくなった。

 煌白布の外より、莫大な力が迫っていた。とてつもない速さで外の船たちを破壊し、跳ね除けながら。

 もはや自然災害。気配がなければそう思ってしまうような、それほどの力が容赦なく野営地を吹き飛ばそうとしていた。

 クァイ・バルのあらゆる自然の猛威が生ぬるい。液状人間ヌーミャルがマグリアに起こした大雨と洪水が良心的。そう思えてしまう。

 破壊と駆逐の意思を持った、天災という名の攻撃。

 否、攻撃という意識もないだろう。

 神には。

 これは、考える必要もなくリーラ神の仕業だ。

 神にとっては造作もない動作の一つに過ぎないのだろう。

 慈悲なき殲滅。

 ヌロゥはこの場を去ったが、砂煙が薄れ見えてきた眼下、他の『夜霧』の兵は広場に残ったまま。なにも知らずに、戦い続けている。評議会側の精鋭たちは気付いているが、敵兵たちが攻撃の手をやめないことで対処に動けないようだった。

 自分が動かなければと、残された時間でどう対応するかを考える。

 煌白布が災いし、外へナパードの類で抜け出すことはできない。テントの中に避難するのが最善手にも思えたが、グースが入ろうとしないところを見ると安全ではないのだろう。では、全員で集まり、防壁となりえる力で身を守るのはどうだろうか。セラがナパードで全員を一か所に集め……無理だ。神の力を目の当たりにした記憶は鮮明だ。足踏み一つで大地を奈落へと変える。この場所も甚大な被害を受けるのは明白だった。いくら実力者の集まりと言えども、耐えられないだろう。最悪、被害という結果が残らないほどにまっさらにされてしまうかもしれない。

「……」

 打つ手はなかった。

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