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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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409:“物語は最高潮”

 テント前を離れたセラは、ヌロゥと共に純白の要塞の上に現れた。甲板の上には二人だけ。

 間髪入れずに戦いは再開する。

 激しい足捌きが叩く金属の甲板。剣たちの鳴き声。温かみなど皆無で、全てが鋭く、冷たい。

 会話はない。時折の吐息と、身体を打った時に出る鈍い音だけが、なんとか生気のある音だった。

 甲板から徐々に船尾へと移動してきた。

 ヌロゥの一太刀を回避し、セラは船縁に面した通路に入った。手すりと壁に左右を挟まれた細い通路だ。

 剣を振り合うには、セラが不利な場所と言えた。

 オーウィンと、刀身の歪んだヌロゥの二本の剣では、後者の方が短いのだ。

 ナパードで甲板に立ち戻るか。セラはそう考える。しかしその考えはすぐさま立ち消えた。ヌロゥが通路と甲板を切断したのだ。砦を突破した彼にはそう難しいことではないようで、一振りで真っ二つだった。

 崩れ落ちていく船の片割れを背に、再び攻撃に戻るヌロゥ。

 セラは防御しながら後退ることしかできなかった。やはり狭い。攻勢に出れない。

 そうして五歩ほど下がったときだ。船ががくんと下がった。なくなった甲板側に大きく傾いたのだ。

 これには二人とも体勢を崩し、セラが手すりに、ヌロゥが壁に寄り添った。

 すぐさま体勢を整える二人。

 ヌロゥが剣の一本を床に刺し、それを支えにしながらもう一本でセラを狙った。脚だ。

 刃を跳躍し躱すセラ。その跳躍は垂直ではなく通路の外、つまり船外へと向かうものだった。手すりを握ったまま宙を舞い、だんっと大きな音と共に壁に足を下ろした。

 今度はそこをヌロゥに狙われる。剣では届かない距離に、空気の刃が放たれる。それを横目ながらしっかりと捉えているセラは、船体を蹴り、後方へと宙返りを見せる。

(フロア)……」

 小さく唱えた。

 現れた碧きガラスの床に着地すると、彼女はつい今しがたの斬撃で落ちた手すりとすれ違いながらヌロゥに向かって飛び掛かる。敵はまだ傾いていく通路の中、壁と剣を支えにしている。

 両手で柄を握り、首を取りにく。

「……っ!」

 エメラルド湛える瞳が、敵から視線を外し、ちらりと横を見た。その直後、というよりはそれを察してセラは横を見たのだが、船体がまたしても大きくがくんと傾いたのだ。まるで彼女を狙うような角度で。

 差し迫る純白の壁が、彼女の白き肌に影を落とした。

 ヌロゥの姿は死角に入り、目視できない。はるか下に気配を感じる。彼女に向けて空気を放とうとしている動きだ。

 幸い、逃げ場はあった。迫る壁に、船内を横切るように伸びた通路があったのだ。

歩調ステップ……同調(チューン)っ!」

 攻撃の姿勢を新たに出現させた床を利用して止めると、セラはすぐさま身体を回転させ、縦穴と化そうとする通路へ向けて床を蹴った。

 彼女が縦穴に差し掛かったと同時に、ヌロゥがまとまった空気を放った。

 垂直にはまだわずかに早い縦穴。セラは碧きヴェールの尾を引き連れながら、駿馬で駆ける。その後ろをバリベリと船体をひしゃげながら迫る空気の塊。

 通路は案外長く、残り三分の一を残すあたりにセラが至ったときには完全に垂直になろうとしていた。天馬ならともかく、駿馬では足場がなくなれば使えない。最後の一押しをしたとして、通路の出口には届かないのは、遊歩の技術なくして判断できることだった。

 船体を破壊しながら進んでいるせいか、ここまで追い付かれることはなかったが、このままではセラの方からあの空気の塊に落ちていくことになるだろう。

 やはりナパードか、とは彼女は考えなかった。

 彼女は最後の一歩で壁を蹴ると、背面飛びを披露した。横に伸びる通路を見つけていたのだ。そこに飛び込んだ。

 壁か床か。硬い金属に身体を打ちながら、数度転がると立ち上がる。

 外の通路より広い空間は徐々に傾いている。その下側になろうしている面から、壁を破ってヌロゥが飛び込んできた。

 刃はオーウィンで防いだものの、勢いそのままに後方の壁に押さえつけられた。

「っぐ……んっ!」

 そしてその状態のまま、ヌロゥの全身から放たれた空気に壁を突き破り飛ばされた。その後、二枚の壁を背で破った後、セラの視界が砂煙に遮られた。船外に出たのだろう。

 吹き飛ぶ力も弱まり、彼女は(フロア)の術式を使い、受け身を取った。そしてその場ですぐに花を散らす。現れたのは、横転した船体の側面。そこに出てきていたヌロゥの背後だ。

 砂煙の中、闘気を鎮めたセラの無音の刃が、ヌロゥの首を狙う。

「その輝きは見逃さないと言っただろうっ!」

 ぬらりと身を翻し、フクロウを二本の歪な刃で絡めとるヌロゥ。がっちりと噛み合った三本の剣は、微動だにしない。

 サファイアとくすんだ緑が睨み合う。

「その、碧花(へきか)宿せし瞳。先の戦いでは幻滅させられたが、やはり『碧き舞い花』は俺を享楽させてやまない。あの日から輝きを増し続け、誰にも消されることなく、再び俺の前に立った。俺に殺されるために」

「誰が、お前なんかに」

「くくっ、お前の活躍を聞き及ぶたびに、この左目が疼いたさ。光を失いながらもお前の碧き輝きを、傷と共に克明に焼き付けたこの左目が。はぁあ……すぐにでも殺したかった。だがそれでは楽しくない。ふつふつと心を煮やし、待った。待ちわびた。お前が、誰の力も借りずに、俺と対等に刃を交える時が来るのを! この瞬間を!……誰にも邪魔させない。邪魔などさせてたまるか。あぁ、あの時、殺さなかったのはよかった。『老骨を打破せし者』には感謝しなければ。あとでお前と同じやり方で殺してやろう」

「それはできないな……わたしが勝つ!」

「満ちているな、自信に……。くくく……さあ、物語は最高潮だ。『碧き舞い花』」

 ヌロゥはここで力を抜いた。

「!?」

「奪ってやる……その輝きを、光りを……」ぼそりと言うと、ヌロゥは閉ざされた左目を開いた。「命をっ!」

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