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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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407:敵襲

 それからセラは絶世界へ足を踏み入れることはなかった。顔は未だに、わずか上気している。

 それでも、新たな技術を目の当たりにするとなった彼女の目は真剣にキャロイを映していた。

 未だ訪れたことのない『幻影の狩り場』の技術。幾度か体験した黒き手枷の束縛が、その技術によって生み出された呪いだということは知っていたが、かけるところを見るのは初めてだった。

 キャロイはンベリカの背に手をつけたまま、目を閉じ、集中している。口をぼそぼそと動かし、何かを唱えているようだ。だが、声帯を震わせていない上に、相当な早口だったため、セラにすら聞き取ることができなかった。

 と、突然キャロイの身体、特にンベリカの背に置かれた手から禍々しい気配が発せられはじめた。それがキャロイからンベリカの身体へと、どんよりと伝わっていく。そしてついにはンベリカの手から、淡き光で繋がった鍵を包み込んだ。おそらくそこから、鍵に呪いをかけた者へとキャロイの呪いが伝わっていくのだろう、セラはそう考えた。

 途端、セラは大きな気配を感じた。悪寒と殺意と共に。

 野営地の外。ヌロゥ・オキャだ。

 彼女がそのことに気付くと同時に、ンベリカに纏わっていた光が消え去った。

「ちょっと! どうしてやめるのっ?」

 キャロイは額に汗と皺を浮かべながら、怒気の籠った声でンベリカの肩を強く掴んで振り返らせた。

「もう少しだったじゃない!」

「どうもこうもない! 敵襲だぞ! こんなことしてる場合ではないだろ!」

「なにを言ってるの? 意識を繋げたことで向こうにはどのみちばれてる。それで敵が阻止に来ることだって考えられたでしょ?」

 ンベリカに詰め寄るキャロイ。後退った司祭が台座にあたると、鍵が虚しく床に落ちた。

「わたしたち二人は、やめずに呪いをかけるべきだった! その方が有利になったじゃない! あとちょっとの時間ぐらい、他の皆で充分稼げた!」

「キャロイ、落ち着い――」

 セラが友を宥めにかかるが、彼女は鼻を鳴らし踵を返した。

「とんだ腰抜けっ!」

 ずかずかと出口に向かう彼女にグースが合流する。キャロイには何も言わず、部屋に残った三人に淡々と告げる。

「ご察しの通り、敵襲です。直ちに戦闘準備を」

 将軍二人が部屋を去った。

 儀式によって作られた静寂とは違う、沈黙が部屋を牛耳る。

 それも一瞬、セラがンベリカに呼び掛けることで破られた。

「ンベリカ……」

 司祭は弱々しく手で彼女を制すと、首を横に振り、落ちた鍵を拾い上げた。

「キャロイ女史の言う通りだ。続けるべきだった。判断を、誤った。ヌロゥの、空気を感じ、気が急いてしまった」

「……」

 セラはかける言葉を探した。それよりも早く、うるさすぎる声量で声を発しながらズィーが駆け寄ってきた。

「失敗したみたいだけどよ。気にすんなよ、ンベリカ」

 ズィーは師であるンベリカの肩をへらへらと二度叩いた。

「それより――」

 彼はそこで言葉を止めると、ンベリカと肩を組んだ。そして真剣な顔を見せる。

「――戦闘準備だ」

 ポンと、今度は背中を叩いたズィー。出口へと向かっていく。顔を向けず、能天気な声を響かせる。

「こんなことしてる場合じゃないって言ってたじゃん。それでやめたんだろ? なら、行こうぜっ」

「……ここで出なければ、本当に腰抜けになるな」

 ぼそりと吐かれた言葉に、セラはズィーの背からンベリカに視線を向ける。そして、笑顔になる。彼の表情に落ち込みの色がなかったからだ。

「すまない、セラ。心配をかけた。俺は大丈夫だ」

「うん」

「むしろ挽回しなければと、いい空気に満ちてる。終わらせるぞ、セラ。この戦争を」

「うん」

 セラは強く頷いて、ンベリカと共に部屋を出る。

 ンベリカの言ういい空気が満ち満ちて、彼から溢れ出た分が自分に降り注がれている。そう感じた。攻めてきているのはヌロゥ・オキャ。セラだけでなく、同郷のンベリカにとっても因縁の相手。その共有する部分が、そうさせているのかもしれない。

 これに伴って碧きヴェールがこの身を包んでくれそうな気がする。セラはそんな予感を心に携えていた。

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