405:参謀将軍と兵士
「偽物? んなこたぁないぜ、将軍さんよ」
ここにきてジュランが声を上げた。評議会側、白輝側どちらにもつかず、テーブルの短辺に肘を乗せて、グースに向かう。
「あの女が退却前に取り出したところを、俺がかすめ取ったんだからよ。それとも偽物取り出したってのか? はんっ、でもそもないぜ?」
「そうだぞ、グース」ズィーが援護する。「鍵を閉じたあとに奪ったんだから」
「俺も、光が鍵に戻るのを、見た」
「全部幻覚だったんですよ」
「ありえん」
「お三人の前から去ったあと、砦で鍵を回す方が安全です。それをわざわざあなた方の前で見せた理由は? 鍵を狙う敵を前に、不用心では?」
「不用心だったんじゃねーのか?」
ジュランが手のひらをひらひらとさせて、グースの言葉を跳ね除ける。
「てかよ」ズィーはグースの手元の鍵を指さした。「そもそも幻覚ならどうして俺たち以外にもそれが鍵に見えんだよ。幻覚かけるにも、限度ってのがあるだろ」
「鍵自体に……」
ここでセラは呟いた。それに対してズィーは隣で「ん?」と眉を顰めた。
「鍵自体に、幻覚がかかってる?」
「でしょうね」グースは静かに頷いた。「しかし、正確には幻覚ではなく呪いがかけられているのでしょう。この鍵……かどうかは定かではありませんが、鍵となっているこの物体を目にした者が、『悪魔の鍵』なのだと認識してしまう幻覚を見る。そんな呪いが」
「じゃあ、もう一度貸せよ」ズィーが納得がいかないと言った様子でグースに指で合図を送った。「幻覚なら、気魂法で本当の姿が見えんだろ。な、セラ」
「生命の波を乱されてるなら、それを整えればその人は幻覚を見なくなるはず」
「ほら、貸せ――」
「けど、そうはならないんでしょ?」
ズィーを遮り、セラがグースにそう問うと、彼の目はわずかに笑んだように見えた。そして髪の奥に隠れた口を開く。
「その通りです。確かに幻覚を見るということは生命の波が乱され、惑わされているという状態です。しかし、呪い、呪詛、まじない、祈り、祝詞、祈祷……これらの、主に『幻想の狩り場』で発達した技術は、そう簡単に取り除いたり、跳ね返したりすることはできないのです。その分、かけるには相応の時間や腕、準備が必要とされますが」
グースは視線を評議会側の全員に順に滑らせた。
「常闇の住人が統率者の素性を口にできないという呪いは、そちらもご存知でしょう? 統率者の力がどれ程のものかは未だ、我々でさえ判明していませんが、ありとあらゆる実力者がその呪いをかけられ、従っている。大抵の者は統率者や常闇の考えに自ら賛同し、呪いを洗礼として受けているようですが、中には無理やりに呪いをかけられ、協力している者もいるでしょう。そういった者たちが自ら呪いを解かないのも、簡単にはいかないからです。呪いから解放されるには、根源を断つか、上位のお祓いや祈りを行うか、もしくは命を絶つしかないですからね」
「呪いの話はもういい」ンベリカが重々しく口を開いた。「グース殿は、この俺にその呪いを浄化しろと言いたいのだろう?」
「そうです、あなたが残っていたことは幸いでした『空纏の司祭』。あなたの司祭の力で、この物体にかかった呪いを祓っていただきたい」
「えっ!? ンベリカそんなことでできんのかよ」
「まあな」ンベリカはズィーに横目で応え、それからグースと半ば睨むように視線を合わせる。「しかし俺の場合、主は空気の浄化だ。物にかかった呪いを解くにはそれ以上の時間を要する。グース殿のことだ、ただ祓うだけではないのだろ? その先に何を考えている? 時間をかけてまでやる価値があるものか?」
グースは「ええ」と小さく肩を竦めた。
「呪いは人の願いによって作られるもの。かけた者は必ず、呪いの中にその意識を残す。そして呪いを祓うという行為では必ずその意識に触れる。その者と繋がる場面が出てくるのです。その瞬間に、あなたを媒介として、こちらから別の呪いをその者にかけます。仮に呪いをかけているのがルルフォーラ・エドゥツァ・テナンならば、この戦争の膠着を崩す足掛かりになりますし、別の人間……上の存在だとしたらそれは、我々にも、あなた方にも大きな一歩となると思うのですが、どうでしょう?」
「どうでしょうって、おい!」ズィーが吠える。「それってンベリカが危ねえんじゃねーのか。相手と繋がるんだろ? それに呪いの媒体って、そのぉ……呪いがンベリカを通ってくってことだろ? 失敗とかしてンベリカに呪いがかかったらどうすんだよ」
「それは安心して、騎士のボク」ここでキャロイが妖艶に手を上げた。「浄化の最中の人間にはどうやったて呪いはかけられないから」
彼女の言葉にンベリカもズィーに頷いて見せた。
「……っ、そ、そなの?……じゃあ!」ズィーは勢いよく立ち上がった。「ってか、そもそもどうしてその鍵が偽物だって、呪いがかけられてるってわかんだよ。鍵が機能しないってだけで決め付けられんのかよ!」
「まあ、もっともな疑問ですが、私が兵に志願を呼びかけたとき、最悪の事態もありえると警告したと言いましたよね? これで皆さん理解しているかと思いましたが……」
グースは残念に思うというより、嘲るように首を横に振った。
「なんだよ」
「死ぬんですよ、最悪ね」
「なっ……」
「適性者以外が本物の七本の封鍵を回すと、その身体、もしくは精神に異常を来すんですよ。もう、いいですね、『紅蓮騎士』」
「お前っ」テーブルを強く打つズィー。「危ないってわかってて部下に試させたのかよっ!」
「それが私の部下の務めですから」
「人の命だぞ!」
「人?……兵士は武器。道具です」グースはまるで世界の真実でも語るように静かに、淡々と言う。「それは彼らも承知のこと。他者に使われたくないのなら、自ら上に立てばいいだけのこと。それができないのならば、道具として役に立つほかないのですよ」
参謀将軍の言葉に他の将軍たちは各々、肯定的な反応を見せた。しかし複雑な表情で、どこか悲しげにもセラには見えた。
「なん――」
そんなことは露知らず、ズィーはかっとなって再び突っかかろうとする。そんな彼をンベリカが制止させる。
「ズィプ! もういい、落ち着け。『白昼に訪れし闇夜』に近づける好機になるかもしれないんだ。危険だとしても、踏み込まなければならん」
「…………」ズィーはドカッと椅子に腰を降ろした。視線をどこを見るでもなく下方に向ける。「ンベリカが、いいなら」
司祭は力強く頷いた。
「やろう」




