403:籠城生活
「セラフィは結局どっちなの?」
「え?」
「やっぱり『紅蓮騎士』? それとも戦士でもないのにここに残ってくれる魔導世界の子?」
「っ、な、なに、キャロイ、急に……」
「あらあら、色恋に関しては初心もいいとこね。かわいい反応しちゃって。ま、だからこそ、意地悪したくなっちゃうのよねぇ」
「やめてよー……」
「やめない。で、どっち? あんまりはっきりしないと二人とも他に女作っちゃうわよ?」
「……わたし、どっちかなんて決められないよ。二人とも大事だし、二人は全く別の人間だもん」
「なに言ってんのよ、まったく。友達ってことで終わろうとは考えてないんでしょ? もしかして渡界人って一妻多夫の民族だったりするわけ?」
「そうじゃないけど……。わたしにはやることが……やらなきゃならないことがあるの。だから、そういうことに気を取られてるわけには――」
「無理やり気持ちに蓋をしたって、いいことないわよ? 第一、むしろ悶々としないかしら? わたしだったら耐えられない」
「一緒にしないで」
「一緒よ。女は男を使って命を繋いでいく。それが自然の摂理じゃない。世界繁栄の根源じゃないの」
「……」
「なに赤くなってるのよ」
「の、のぼせただけだからっ!」
セラは盛大に水しぶきを上げて、浴槽から出た。
石敷きの床をぴちゃぴちゃと鳴らしながら、湯気を肩で切っていく。そうして浴場から脱衣所に出ると、身体に纏わっていた湿気が一気に取れて爽快感に包まれた。
平穏だ。
籠城開始から一週間と二日が経っていた。一週間と三日目の朝だ。
『夜霧』は一度も攻めてきていなかった。潮の満ち引き、昼夜の入れ替わりを幾度繰り返せど、攻めてこなかった。
外界との連絡も移動も制限された豪奢な野営地の中は、最初こそ張りつめた空気に支配されていたが、いまでは案外のんびりとした雰囲気に包まれていた。
セラと白輝の女将軍キャロイが、友人と呼べるほどの仲となり、一緒に大浴場に入っていたのもその状況が成したことだった。
「どんな環境でも大丈夫なあなたが、のぼせるわけないじゃない」
キャロイがセラに続いて脱衣所に入った。
「変態術だって万能じゃないの」
「へぇ~、そうなの。いいこと聞いたわ」
「これを知られてたって、わたしは負けないけど?」
「あらあら、どうかしらね?」
友人となったと言えど、『碧き舞い花』と『白輝の刃』は犬猿の仲に変わりない。この戦場を離れ、また別の戦場で相対したとなれば、二人は真剣に刃を交えることだろう。
二人が脱衣所から出ると、青年将軍ズーデルが待ち構えていた。
「お風呂なら言ってくれればよかったのに、ご一緒したっすよ、俺?」
「しばくわよ?」
ズーデルはわざとらしく嬉々として頭を下げた。「お願いしまっすっ!」
「……で、用は? まさか本当に入ってこようとしてたわけじゃないでしょう?」
「もちろんですとも。ちゃんとここで待ってたじゃないすか、俺」
ズーデルは言いながら、廊下を歩きだす。二人はそれに続く。
「軍議があるんで、呼びに来たんすよ」
セラは訊く。「なにか進展があったの?」
「さてね。俺も二人を招集するよう頼まれただけっすから。両手に高嶺の花な状態になりそうだから、快諾っすよね。にはは」
「……そう」
「棘も毒もあるから気を付けることね、ズーデル」
「お二人さんの場合、額面通りだから怖いわ~」
青き瞳を細めたズーデル。それは冗談に笑った顔にキャロイには見えたことだろう。セラも最初はそう受け取った。彼女にだけ聞こえるような、口を開かずに出した声でズーデルが二の句を告げるまでは。
「……ま、俺の場合は簡単に刈り取れるけど、雑草のようにね」
「……!」
「ん? どうかしたかい、碧花ちゃん?」
「……ううん、別に」
「あっそ。さ、軍議、軍議」
能天気然と歩くズーデル。
白輝の将軍たちと共に過ごす時を持つことのできたこの籠城生活。包み隠さずとはいかないが、それでも以前にはない深い交流の時間。
セラと歳が近いということや軟派な性格を演じているということもあって、他の男性将軍に比べ多く関わり合った青年将軍。しかしいくら言葉を交わそうが、底が見えてこない存在だった。時折見せる深い黒さがあるが、それが本心かと思えばそうでもないようにも感じ受ける。
真っ直ぐな恐怖ではない、不安定な不気味さ。
目の前にいるというのに、どこにも彼がいないような感覚。セラは彼に対してそんな感覚を抱いていた。




