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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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397:思い出に、想い膨れる。

 リーラは身体に力を入れて、強張らせた。それでもやはり、あの鍵の力には抗えぬらしく、また力を抜いた。

「……そういうことです、人よ。汝は……ここまでの命でしょうから、もう気にすることをやめにします。鍵に縛られる前に会えなかったことを恨んでくださいね」

 どさっ……。

 リーラが言い終わると、シーラの身体が、その場で倒れた。意識がなくなった。セラがノーラを一瞥すると、彼女の身体もまた意識を失っていた。

「一つに絞った?」セラは双眸を細め、リーラを見た。「バルカスラの戦い方を捨てるの?」

「そう。余はそもそも一人でしかたから。この方が動かしやすい」

「神様のノーラとシーラは別の人格だったのね」

 その言葉に、リーラは悲しげな顔を一瞬見せた。しかしすぐに険しく引き締め、セラに向かって駆けてきた。

「会話の時間は……終わったのですよっ!」

「っ……!」

 跳び上がり、振るわれるリーラの脚。セラはオーウィンを振るい返す。

 リーラの目が、オーウィンを捉える。

 すると、フクロウは振るわれる最中に彼女の手から大きな力によって弾き飛ばされてしまった。というより、セラは自ら愛剣を離したのだ。そうしなければ腕が千切れてしまうという、咄嗟の判断から。

 乱回転しながら、乱戦が行なわれる戦場へと真っ直ぐ飛んでいくオーウィン。すぐに群衆に紛れ、見えなくなった。

 そして手を離したとはいえ、大きな力の影響を少なからず受けてしまったセラは体勢を崩している。その頬に、リーラの足の甲が力強く当たった。

「っぶ……」

 大きな衝撃によろめくも、数歩の足取りで倒れずに耐えたセラ。すでに視界の外で追撃に入っているリーラの気配を読み、すぐさま身体を反転させる。

 反転の勢いのまま脚を振り上げ、リーラが差し向けてきた拳を弾く。そのまま懐に潜りこみ、せり上がりながら鳩尾に掌底を入れる。もちろん、闘気を放出を伴って。

 大きく、無防備な形で浮かび上がったリーラ。その下に、狙っていたとばかりにケン・セイが姿勢を低くし、駿馬で現れた。刀を構えている。

 冷たく、静かに言い放つケン・セイ。「一人になった、失策」

 目にもとまらぬ速さで、刀が振るわれた。音より速い一振り。

 振り抜かれたあとに、気付いたように音が鳴った。

 締まりのない甲高い間抜けな音が。

 ケン・セイは苦々しい顔で自身の刀を横目で見やる。

 振り抜かれた師範の刀は、その身体を無くしていた。折れたのだ。

「っく」

 舌打ちに似た声を漏らし、その場から離れるケン・セイ。

 体勢を整えたリーラが、折れた刀の破片と共に着地する。

「人の産む技術はやはり尊敬できますね。すばらしいです」

「……ケン・セイ以上の、闘気」

 リーラが用いたのは闘気の静止の技術だった。

 当然ケン・セイとて、闘気を迸らせ、リーラを真っ二つに切り捨てようとした。しかしそれを上回る、人間の持つ活力では成し得ない硬さの闘気をリーラは留めたのだ。それが刃から身体を守った。

「一振りの強さなら、ケン・セイより俺の方が上だっ!」

 ズィーがリーラの背後に騒々しく現れ、スヴァニを振り下ろした。外在力も、竜化も、闘気も、そして金剛裁断も用いた、彼の真っ直ぐな太刀筋がリーラの肩口に。

 止まった。

 ハヤブサは折れはしなかったが、ピタリと神の肩に羽を休めた。

「……っ、避ける必要もないってかよぉっ!」

 がむしゃらなズィー大振り。

 全く動じないリーラは、まるで誰かに呼ばれたかのようにゆるりと振り返る。

 その目が、ズィーを――。

 捉えるより早く、セラは駿馬で砂上を滑り込み、ズィーの足を払った。

「っうぇ!?」

 仰向けに倒れていくズィー。反対に、跳び上がるように直立していくセラ。

 最中、セラはズィーの手からスヴァニを抜き取る。

 主と共に纏っていた淡く輝く空気が霧散してゆく。

 ――重い、けど軽い。

 オーウィンとスヴァニの刀身の長さには大差がない。しかしその重量には大きな差があった。ズィーのためにビズラスが『鋼鉄の森』の刀鍛冶クラフォフに鍛えさせた剣。彼の真っ直ぐで力強い太刀筋が活きるように作られている、まさに彼の剣だ。

 しかし、今はセラに、主の守るべき姫にしっかりと従ってくれているように彼女は思えた。意思は持たないが、長く主に寄り添ってきた剣だ。想いは一致している。

 ――そういえば、ズィーは「軽い、けど重い」って言ってたっけ。

 戦いの、それも敵に刃を向けている最中だというのに、懐かしくなって笑んでしまった。

 成人のお祝いとして、兄がズィーにこの剣を送った日。あのときは自分が剣を握る日が来るだなんて思っていなかった。故郷が焼かれるだなんて、思っていなかった。

 膨れ上がる想いと共に、セラはスヴァニを振り抜いた。

 ハヤブサは獲物を狩ることはできなかった。

 空を斬っていた。

「躱したっ!」

 倒れ切ったズィーが驚愕と歓喜の入り混じった声を上げた。

 リーラが、セラの攻撃を躱した。

 ケン・セイの一太刀も、ズィーの一太刀もその身体に受けたリーラがだ。

 反撃を狙ったわけではない。なんせ神は大きく『碧き舞い花』から距離を取ったのだから。

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