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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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38:成長と未熟

「すげぇぞ、おい! 今見てなかったぞ、おい!」

「うっせ、静かに見てろよ。こんな戦い間近で見れることなんてめったにないぜ」

 セラが目を向けずにプライの蹴りを躱したのはもちろん、超感覚で感じ取ったからだ。しかし、超感覚を知らないビュソノータスの者たちからすれば、その光景は驚きに満ち溢れていたに違いない。船上を興奮が取り巻く。

 もちろん、蹴りを避けられたプライも今回は驚きの表情を覗かせている。そこに隙が生まれた。セラは屈んだままの状態から後ろに転がり、途中でプライの足をすくった。

「ぅぁ!」声とは呼べない音を喉で鳴らしながら甲板に倒れるプライ。

「うぉーっ! プライさんが倒されたぞ!」

 一人の男の叫び声の中、セラは甲板を蹴り帆柱に向かって跳んだ。そのまま追い打ちを掛けるだけでも良かったが、周りの状況を意識して動く遊歩を戦いの中に組み込んでみることにしたのだ。

 彼女が跳ぶ間にプライは上体を起こす。が、体を起こしたのは失敗だった。

 セラは帆柱をタンッと蹴るとプライの頬に少女の拳にしては相当な重さのある一撃を見舞った。プライはその力に上体はおろか体も支えることが出来ずに、体ごと甲板を転がった。行先は船べり、しかも回帰軍のリーダーがいびきをかいている所だ。

「っぐ……」ジュランに下手に受け止められたプライは歯を食いしばる。

「どぁっ!?」衝撃で目を覚ましたジュランは自分の懐に同志が入り込んでいることに気付いた。「俺に男と寝る趣味はねえぞ」

「ふっ、知ってるさ」苦笑しながらジュランから離れるプライ「お前が拾う子は逸材ばかりだな、まったく」

「ほう、セラもお前にそこまで言わすのか。よし、寝起きの体操がてら、俺が――」

 ゆったりと立ち上がるジュラン。だが、その肩をプライが抑える。そして、ジュランの脇に立て掛けてあった自らの二本の剣を腰に差し、二本とも鞘から抜いた。「駄目だ。俺がやる」

「おいおい、お前が燃えるほどってのは分かったが、流石に素手の女に剣を向けるのは――」

「おーい、セラぁ! 持ってきたよー!」

 帆船の下からエリンの声が届いた。間もなくオーウィンを背負ったエリンが船上に現れた。

「エリン! セラに剣を!」

「うわっ、プライが楽しそうにしてる……」

「早く!」

「分かってるわよ、焦らなくても渡すから、プライのバーカ!」プライに文句を垂れつつ、セラのもとに駆け寄ったエリン。オーウィンをセラに手渡す。

「ありがと」

 セラが礼を言うと、エリンが耳元に口を近づけてきて囁く。

「気をつけてね、セラ。プライって、冷静そうに見えるけど楽しくなると没頭しちゃうから」

「そうなんだ……」セラはヒィズルの少女の顔を思い浮かべながら囁き返した。「ちょっと違うけど、似た子を知ってる」

「エリン、離れろ。怪我するぞ」

「はいはい、ジュランに言われなくても分かってますーっだ」

 エリンは最後に「じゃ、頑張って」と言ってセラのもとを離れてジュランの横に座った。それを見届けて、セラは背負ったオーウィンを抜いた。

「ここからが本番だ。行くぞ」

「うん」

 二人はじりじりと甲板上に円を描きながら間合いを詰めていく。

 先に仕掛けたのはプライだ。一本の剣がセラの胴を狙う。もちろん、セラはそれを受け止める。だが、相手は二刀流、もう一本の剣がすかさず飛んでくる。

 セラが剣だけで防ぐことにこだわっていたなら、ここで決着だっただろうが、彼女がヒィズルでの修行を無駄にすることはない。オーウィンから片手を離し、プライの手首を掴んだ。

 二人はカタカタと震えながら、お互いに動けないでいる。

 この均衡をどう崩そうかとセラは考えた。そして、ふと、ゼィロスが自分に掴まれながらも彼だけがナパードで移動したことを思い出す。イソラをはじめ、ヒィズルでの記憶が彼女の思考をそこに連れて行ったのだ。

 自らの成長の好機。意を決した表情で頷いたセラは碧き輝きを放った。

「消えた!?」

「なんだ! どこ行った!」

「ここだ! ここ、ここぉ!」

「どうやった!?」

「どこだよ! 見えねえぞ!」

「上だ、上!」

 二人は階段をのぼった先の船室の扉の前に現れたのだ。さっきまで手すりに寄って甲板を見ていた男たちはどよめきながらも後ろを向き、甲板で二人の戦いを見ていた者たちはなんだなんだと、どよめく船室の前に目を向ける。

「セラ、すごいっ!」と男たちの声の中をエリンの声が抜きん出て通った。隣のジュランは一言も発せず、二人の戦いの行く末を見つめていた。

「うっ……」ナパードに酔ったプライがセラから離れて距離を取った。「そういえば、瞬間移動ができるんだったな」

 だが、二人で跳んでしまい、プライがナパード酔いになったということは、セラのナパードがまだまだゼィロスには及ばないということを目に見えて表す結果だった。

 少し落胆しながらもセラもプライから離れるように後退する。二人はそれぞれ、甲板への階段を横目に見る。

「次はマカとやらでも見れるのか?」

「さあ? どうだろ?」

 二人は示し合わせたかのように階段を駆け降り始めた。二つの階段をそれぞれ降りる二人はほぼ同時に甲板に降りた。そして、帆柱の前で三本の剣が一つに重なる――そう、船上の誰もが思ったことだろう、プラチナ髪の少女一人を除いては。

 セラは駿馬で一気に間合いを詰め、詰めたかと思うと駿馬を使ったまま一回転してプライの横を通り過ぎた。それは地面を滑るようにとはいかないものの、イソラの水馬をセラなりに再現したもの。彼女はプライの背中を取ったのだ。

 オーウィンが静かに振るわれる。

 だが、オーウィンがプライの背中を裂くことはなかった。その前に、セラの腹をプライの羽が押し退けたのだ。

「ぅわっ」押し退け、跳ね飛ばされたセラだったが、羽にも注意を向けていた。何とか倒れることなく着地する。「それ、ずるい」

「ふっ」プライは楽しそうに口角を上げ、セラに向き直る。「お前が言うか?」

「そっちじゃない」

 振り返ったプライを余所に、セラはすでにプライの背後からその首筋にオーウィンを添わせていた。

「ふんっ、俺の負けだな。それが、マカか?」

 プライの言うそれとはナパードのことではない。今まさに、プライの羽に巻き付いている淡い輝きのことだ。紐状のそれはセラの手に繋がっていた。

「そう……だけどっ」光が発散し、紐の姿が消え失せて羽の拘束が解けた。「まだまだだなぁ……」

 一瞬にしてただただマカを放つ衝撃波のマカとは違い、魔素を放出し続け、かつ、形状を保たなければならないマカを戦闘の最中に使うは彼女にとって初めてのことだった。誰かに触れられている状態での一人ナパードと同じように、試しに使ってみたのだが、共々まだまだ鍛錬が必要なようだった。

 プライとの戦いは現時点で彼女の出来ること、出来ないことを確認するには十分な戦いになったのだった。

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