391:裏切りの産物
「さあ、リーラちゃん。戦って。わたしのために」
「……っ」
三つ子の顔がしかめっ面となり、空の求血姫を睨んだ。彼女に何かしようと手を動かそうとしたようだが、がくがくと震えて、何も出来ずじまいとなった。どうにも抗えない力に縛られているようだ。あの鍵の力だろうということは容易に推測できた。
脱力し、三つ子は周りに陣取るセラたちを六つの目で見やった。
「人よ。恨まないで。これは神の成すことですから。……もしも何かを恨まなければならないと云うのなら、そこに在る己を恨みなさいね」
ゆらりと揺れて。
三つの身体が浮かび上がり、それぞれ正面へと滑るように進み出した。
セラとズィーへ向かって赤髪のノーラ、ケン・セイとピョウウォルに向かって黄髪のリーラ、テムと負傷したンベリカに向かって青髪のシーラだ。
三つ子の直線上にいなかったメルディンとキノセだが、それぞれが指揮棒を振るい、火球を打ち放ち三つ子を牽制する。
「ンベリカんとこ行ってくる。少し一人にするけど、いいか」
ズィーが迫るノーラを前にそう口にした。
「うん。ンベリカをお願い」
「わりぃ」
ズィーは紅き閃光を放ち師のもとへいくと、テムと支えを代わる。二人の会話が彼女の耳に届く。
「不意を突かれた」
「大丈夫かよ」
「大丈夫だが、この戦いには問題があるな。大人しく、引っ込むさ。頼めるか」
「そのために姫を一人にしたんだぞ」
「ああ、すまないな」
そうして二人は戦場から姿を消した。気配を追うことをしなくとも、二人が野営地に戻ったのはわかる。
とりあえず、ンベリカに関しては大丈夫だろう。
セラは剣の柄を握り鳴らす。目の前の、敵に集中しなければ。集中が必要だ。殺さずに、捕えるということは。
そして話を、情報を聞き出す。
裏切り者に対しての想いは、ちょうどウェル・ザデレァを訪れる前にカッパに話したばかりだった。
双子と過ごした日々は空っぽだった。底のないコップに水を注ぐように、流れ落ちるばかりの日々だった。それは単純に嫌悪に値することだった。それでも彼女は一時の、急速に膨れ上がった嫌悪感で命を軽んじないと決めていた。その事前意思が冷静さを持するための留め金となってくれる。より、集中を与えてくれる。
それに相手は共に過ごしたノーラ=シーラではない。三つ子のもう一人であるリーラでもない。バルカスラの神であるリーラなのだ。それは神が三つ子の口を使って発した言葉からも、ルルフォーラが口にした言葉からも明らかだった。
だからこそ、ヨコズナ神を圧倒したあの力が欲しいところであった。碧きヴェール纏いし力が。
なんとしても、発現させなければ。
そんな強い想いと共に、セラは目前に振り上がったノーラの脚へオーウィンを差し向けた。
するり――。
「ぇ!?」
ノーラの身体が剣から遠ざかるように、独特な浮遊感で動いた。バルカスラ人特有の戦い方、バルートだ。しかし、セラはこうなることを予想できていなかった。
そもそもバルカスラ人の、一心同体の独特な動き自体が超感覚や気読術でも読み辛いものであった。だが、それ以前に三つ子の身体は今、大きく距離を空けている。
これまでノーラ=シーラと幾度も組手をしたセラの知る限りでは、二つの身体をこれほどまでに離して戦っていた姿はなかった。実際、どれくらいまで離れても平気なのかと彼女は双子に聞いたこともあった。その時の解答も、現状には合致しないものだった。
嘘だったか。
そもそも『夜霧』の者として評議会に参加していたのだ。そうだったのだろうと考えられる。本当のことを教えないでおけば、対峙した時に大きく優位に立てるのだから。まさに今のように。
セラはキッとノーラを睨んだ。
裏切りの産物は、裏切りそのものよりも確かな怒りを彼女に与えるものだった。




