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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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374:果てしなく頭の切れる男

 グースは説明を再開する。

「本来は中央に戦力を集中させ、大きく敵の戦力を削ぐことが目的でした。西戦線の放棄と引き換えに、大きく優勢に立つ。敵も中央では早々に退くことも出来ず、次の満ち潮まで死守する。推測では敵は休戦まで持ちこたえるでしょう。しかし多くの戦力を失ったことに変わりはなく、その後の戦いで中央は必ず突破できる。向こう方はこちらよりも治療技術が劣っているのでね。それが、前もってヴォード卿と私で話していた作戦です。あくまでも本拠には防衛戦力を残して」

「それを変える理由は?」とテムが訊く。「充分じゃないんですか?」

「クェト・トゥトゥ・スの存在は大きいんですよ、若き軍師。私は『碧き舞い花』からの報告と自論を交え、最悪の状況を想定しました。彼が蘇生した本人で、常人の倍以上この世に存在し研究していたと推定した場合、果たして彼は、自身で殺した者だけしか生き返らせることができないのか、とね」

「……さすがに、誰彼構わず生き返らせるなんてことないだろう」ンベリカが険しい表情で言う。「そんなことできたらっ――」

 ンベリカは自身の中に浮かんだ考えを認めたくないといったふうに、言葉を止めた。それを継ぐようにグースだ。

「無限の兵士。増援いらずの大戦力、といったところでしょうね」

「単一固体ではないのが」デラヴェスが呟いた。「蒼白大戦争の怪物よりたちが悪いな」

「それぞれに、対処、必要」とケン・セイ。

「これまでに包帯に巻かれた敵の報告は『碧き舞い花』からのひとつのみ。あくまでも最悪の想定で、わたしの考え過ぎで済めばいい。ですが、いつだって最悪を考えておかなければいけない。その想定で新たな作戦を提案したのです」

「次で終わらせる……本部の防衛まで捨てて、勝負を着けにいく……」

「そうです、テムさん。しかし、本部の防衛をしないわけではありません。見張りを残しておくと言いましたね。本部に敵が迫れば、直ちに連絡が入るでしょう。瞬間移動にて数名で立ち戻り、守ります」

 ヴォードが低く喉を鳴らした。「しかしそれでは、一気に勝負をという策とは真逆だぞ」

「はい。ですので旧作戦も生かしておきます。終戦に向け、端的には四つのパターンが考えられますので、適宜新旧どちらの作戦を用いるか決めます。その四つのパターンですが、第一に、敵が無限の兵士を得たという状況で、我々の本拠地に襲撃があった場合。これはどうあがいても、敗戦。攻め切らなければいけないところを、防戦一方になり、最後には敗れる。我々に勝ち目はありません。ですので、どちらの作戦も破棄し、直ちに撤退です。第二に、第一と同じく敵が最悪の想定であり、しかし本拠への襲撃がなかった場合。この場合は新しい方の作戦を適用し、休戦の前に攻め切れば勝利。そうでなければ、敗戦です。しかし、第一のパターンにおいても、本拠を捨てるのであれば勝機はゼロではありません」

「駄目だ」ケン・セイが前傾して否定した。「負傷者、非戦闘員、見殺しになる」

「そう、それは輝ける者たちも望まぬ結果。つまり先程も触れましたが、第一の戦況になった場合は直ちに本拠へ戻り、このテントごと、この世界から撤退する。もちろん、東の戦線もです」

 ヴォードが多い息と共に呟いた。「……仕方なし、か」

「続けます」

「待って」セラが挙手して遮った。「第二のパターン、クェトが死者をすぐに蘇生できないって前提で話してるよね? 攻め切れば勝ちって、そういうことでしょ? 休戦にならなければ、死者は蘇らないって。最悪の想定をしてる割りには、そこは楽観的に見てるの?」

「そうだね、セラの言う通りだとピョウウォルも思う。その場で死者を蘇らせることができるとなったら、本拠地への攻撃があってもなくても関係ない。すぐに退散するべきじゃないかな?」

「ふぅ……その考えを出されてしまっては仕方ありませんね。まったく、あなたはいつ何時もわたしの邪魔をするものですね、『碧き舞い花』。気付いたとしても口にしてほしくなったのですがね、わたしは」

 セラはグースを睨み、低く尋ねる。「どういうこと?」

「当然ですが、私もそこまで考え及んでいます。しかし、ここにお揃いの実力者の方々では尻込みなどしないとは思いつつも、黙っていたのですよ。士気を下げかねないことですし、あくまでも最悪の想定のことですからね。現実となった時に打ち明ければよかった。それに、いくら『髑髏博士』とはいえ、大勢の死者を一瞬にして蘇生するという行為は厳しい、という可能性が高いと私は考えていたのでね」

「……でも。その可能性が高いなら」セラは生来の負けず嫌いに則り、少々ムキになって反論を出す。「それじゃあ、そもそもクェトが、自分が殺していない死者を蘇生させるかどうかを、それを確認できないでしょ。一度休戦を挟まないといけな――」

「セラ姉ちゃん」

 テムが彼女を手で制した。セラはそれではっとした。今、自分は間違ったことを口にしたのだと。グースが相手ということも手伝ってか、熱くなりすぎた。

 セラは俯き、身をわずかに引いた。「ごめんなさい」

「私を相手に好戦的になってくれるのは嬉しい限りですよ、『碧き舞い花』。負けず嫌いも悪いことではありません。ただ、熱くなりすぎないようにとアドバイスしましょう。そうすればいずれ、私に報いることができるでしょうね。ははは」

 一度目は勝っている。その反論も口を出ない。

 今は……今がまさに休戦中なのだ。この休戦が明けたとき、自分の目や多くの兵士を使って確認すればいいのだ。それも、命を奪った相手かどうかの確認は、はっきり言って必要ない。ただ、包帯に巻かれた敵が数名でも見付かればそれでいい。

 グースをはじめこの場にいる人間に、クェトがセラと同じく一つ前の休戦中にこの地に来た、ということは話していない。それでも、白輝の参謀はそこまで考え至っているに違いない。先の戦闘では包帯の敵兵は西の戦線のフォーリス以外に目撃されていない。つまりはクェトがそれ以前の戦いで誰一人殺していない、もしくはそもそもそれ以前にこの戦争自体に参加していない、ということになる。仮にフォーリスが元よりの従者ではなく、この戦争中に命を落とし、直近の休戦中に従者となっているとしても、結局は蘇生させた人間は一人ということだ。

 そこまで考え至り、セラはまたもはっとしてグースを見た。

 彼がもしそう確信しているのなら。

 だとすれば、それはつまり、最悪の想定というのは嘘。考え及んでいたという、クェトが瞬時に多くの死者を蘇生させるというのも、実際は考えるまでもなかったのだ。

 殺したのが自他に限らず、死者をすぐにでも蘇生させることができるなら、博士が姿を現した直前の戦いで、すでの多くの包帯兵士が姿を現しているということになるのだから。

 どこまで見えているのか。今まで幾度かその知略に挑んだが、今、改めて思い知らされる。

 果てしなく頭の切れる男。

「続けても?」

 自身に目を向けるセラに対し、全てを見透かしたように目を微笑ませて問い掛けるグース。

 彼からサファイアを逸らさずに、セラは言った。「もちろん」

「では、続けます」

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