373:一区切り
「だが、グース」ここでデラヴェスが口を開いた。「本人しか使えない技術で、どうやってその研究者は生き返ったんだ。死んでしまっていては使えるものも使えんだろ? それでも他人が使っているというよりも可能性が高いと?」
続いてキャロイが不気味そうに顔を歪める。「死んでいるのに、自分を生き返らせる措置をとれるのかしら?」
「そういう技術も、その書物に書かれていたんですか?」
テムが尋ねるとグースは首を横に振った。
「彼の文献に自身を生き返らせる方法は記されていません」
「ではなぜ、生き返っている方が可能性が高い~のですか? 自らを蘇生させる術があるというのならまだし~も、それではやはり他人が使っていると考えるべきです~ね」
「他者が使用に至る可能性が非常に低いということは今しがた説明した通りです。……確かに、文献には自身の蘇生についての記述はありません。だからと言って、その技術がないと言い切れますか? 彼ほどの研究者です、そこまで探求していないという方が考えづらい。それに、死後にこの世に留まる存在を彼は知っていた。その存在との遭遇が研究のきっかけの一つとして文献のはしりに記されている」
「その存在って」セラは口を挟み確認する。「幽霊よね」
「そうです。魔導世界において存在が認められている、死してなお、この世に留まり影響を与える、肉体を失った者たち。幽霊。推測と仮説ではありますが、彼は幽霊になる方法を発見し、実際になった。肉体が朽ちぬように保存することは包帯の技術を応用すれば可能でしょうし、その後も百五十年余り研究を続けていたとなれば、霊体、霊魂である自身を肉体に戻すことも考えたことでしょう。……だいぶ長く、横道にも逸れましたが以上ですかね、私がクェト・トゥトゥ・ス本人がこの戦場にいる可能性があると考える根拠は。確認が取れるまでは決まりとは言えませんがね」
セラは呟く。「ヒュエリさんも実体と幽体に分かれることができる……」
ジェルマド・カフからアルバト・カフ、そしてヒュエリ・ティーへと受け継がれた研究。長い年月を経てなお、本来の目的への到達には至っていないものだが、幽体化には成功している。
「それも、百年以上前から続く研究の成果。当時から研究をしていれば、もしくは……」
静寂。
セラが口を閉じると、部屋はわずかな時間静まり返った。誰もが状況を理解し、判断する時間だった。
彼女はその間にヒュエリがクェトのことを知っているのかを考えた。
幽体化に関しては知らないだろうが、もしくは彼とその書物については知っているかもしれない。
仮に知らなければ、その存在を教えげてあげたいとセラは思う。幽体化を完成させているかもしれない、もう一人の存在を。その彼の研究はヒュエリの研究にとって大きな一助となるだろうから。できるならば、本人を彼女に会わせたい。
と、ここで間を置いて、テムがぽつりと一石を投じる。
「これ以上はその人本人について話し合うのは、意味がなさそうですね」
「です~ね」
「西の戦線を放棄した今、これからの話を再開させよう」デラヴェスがセラを見る。「『碧き舞い花』がもたらした情報……その者とその技術への対策も含めてな」
「では、仕切り直しましょう。せっかくです、あなたもおかけになってください『碧き舞い花』」
グースに促され、セラは評議会の面々が座る側の末席、テムの隣の椅子に腰を降ろした。
「『碧き舞い花』も来たことですし、ここまでのことを伝えがてら、軽くおさらいをしておきましょう」
グースは部屋の面々に目をやって、最後にセラに留めると続ける。
「西の戦線は戦力温存のため放棄。これ以上の防衛は放棄よりも大きな損害を受けると判断したからです。敵前放棄しなかったのは、この休戦後に敵の戦力の一部を、わずかな時間でも西の戦線に向けさせるため。敵にも瞬間移動術がある故、その時間は本当にわずかでしょうが、その間に我々は中央へ大きな攻勢かけます。そのために東の戦線も最低限、敵を足止めできる戦力を残し、それ以外の戦力を中央に集めさせる指示を出しました。というところまで、話しましたね」
セラ以外がそれぞれに黙って頷く。
東の戦線からも戦力を持ってくるとは思わなかったが、概ね彼女が考えていたことと同じだった。セラはグースの目を見て言った。
「わかった」
セラの返答を聞くと、グースは話を続ける。
「それでも中央は戦域も広く、乱戦になることが予想されます。その上、西の敵も我々が拠点を放棄したと分かれば、すぐに動くでしょう。この本部を目指すか、中央戦線への加勢が妥当だと私は考えています」
「ここにも防衛の戦力を置くのだろう?」とデラヴェス。
「数人の見張りを残し、私も含めて出陣をと考えています」
「なに?」ヴォードが大きく眉を吊り上げてグースを射抜く。「俺に相談もなく作戦を決めるな。その知力を寵愛されているとはいえ、参謀が出しゃばるな、グース」
「予め相談できなかったことはお詫びします。ですがヴォード卿、お言葉ですが、ここは作戦を練る場所です。新たな情報も入りましたし、新たな策が生まれることは当然です。お気を悪くなさらずにお願いします」
「そうっすよ、ヴォードさん。カリカリしないで」ズーデルがにこやかに言う。かと思うと、目を細めて、青い目に墨を差した。「ここではあんたが総大将だからって、俺たちは等しく同じ地位なわけなんすからね」
「……それにヴォードのおじさま」キャロイが重くなりゆく空気に抵抗して口を開く。「わたしたちでは、どうしたってグースさんより優れた策を立てることは、できないわ」
「そんなことはわかっている。だが、そうやってこの男だけに頼って勝手を許してしまえば、いつか寝首を掻かれるやもしれん。……懐から斬られる。俺はそれを危惧しているんだ」
「さすがの危機管理です、ヴォード卿。しかしご安心を、この戦争は我らが君主たちが大きく勝利を望むもの。そのような場で、仲間の裏をかくようなことはしません」
「仲間って……へへ、別の時にはやるってことっすか。こわいねぇ~」
ズーデルが強い意志を残したままに、肩をすくめてみせた。次いで、伸びをすると瞳をさっぱりとした青へと戻した。
「さ、また内輪もめはあとでしろー、とか言われちゃいますから、続けましょう」
「策を話せ、グース」
「はい、総大将」




