371:髑髏博士
「グースに訊こうと思ってきたけど、会議してるならちょうどいいや」
椅子に掛けた十人が、立ったままのセラ一人に集中する。
「人を死ななくさせたり、言うことを聞かせる包帯。そういった技術を知ってる人はいる?」
様々な世界へとその版図を広げる『白輝の刃』。セラはその中でも知識に富んだグースに、このことを訊こうとしていたのだ。死なない包帯魔闘士と、その主であるクェト。彼らはこの戦争で大きな脅威になることは間違いない。策を講じなければいけないだろう。彼女はただの興味本位で会議を中断させたわけではない。
「なんです~か? なんの関係~があるので~す?」
白輝側からではなく、評議会のメルディンから呆れと非難の声が上がった。こんな時でキノセの師はセラを目の敵にする。
「キノセも連れてくればよかった? 同じこと聞くと思うけど?」
サファイアと、細められた瞳がじりじりと睨み合う。そんな二人に割って入ったのは、ズーデルだ。わざとらしく口を尖らせ、拳を掲げる。
「内輪もめはあとでしろーっ」
「そうだセラ」ンベリカは呆れて首を振る。「まったく、ケン・セイもセラも、メルディンの性格にそろそろ慣れないものか」
「ンベリカ様にわたくしの何がわかるので~す?」
「そういうふうに返してくることとかだ。ほら、セラ。続けろ。尋ねたのだから敵にそういった者がいたということだろ? ちなみに、期待してないと思うが、俺は当然そんな技術は知らない」
「わたくしも、知りません~よ」
「俺も」
「師匠に同じく」
「ピョウウォルも知らない。力になれず、ごめんなさい」
「そっか、ピョウウォルでも知らないのか……でも、気にしないで、ピョウウォル」
評議会側は全滅。
セラはピョウウォルを気遣いながらも、白輝側の人間に目を向けた。
「将軍たちは? ンベリカが言った通り、敵にいるの。情報を渋ってたら、この戦争に負ける」
「……つっても、俺知らねーしなぁ、美人の期待には応えたかったんだけど」
ズーデルは大きく肩を竦め、セラにウィンクをしてきた。それに対しては顔色一つ変えず、セラは残りの面々を見やる。
「長いこと生きたつもりだが、そんなものは知らんな」とヴォード。
「包帯で言うことを聞かせられるなら、わたしが欲しいわ」とキャロイ。
「お前の言う技術は聞いたこともない。似たものも思い当たらない」とデラヴェス。
ついにサファイアは鮮やかな紫髪の男だけを見つめる。
グースは腕を組み、黙り込んでいる。思考や記憶を辿っているのだろう。
不意に小さく笑った。
「皆さん勉強不足ですね、まったく……。『碧き舞い花』、あなたは言うことを聞かせる、と言いましたね」
「うん、それが?」
「それはつまり、包帯の人間だけでなく、その主にもあったということ……そうですね?」
「うん、クェト・トゥトゥ・スって名乗ってた」
「……!?」
セラが聞き及んだ敵の名を口にすると、グースは息を呑み、目を見開いた。その反応にすかさずセラは問う。
「知ってるのっ?」
「『髑髏博士』クェト・トゥトゥ・ス」
彼はマフラーにした自身の髪の中、小さく呟いた。
「どういうことだ、グース」唐突に、ヴォードがグースを射抜かんばかりに睨みつける。「常闇の奴の情報を、知っていながら報告していなかったということか? 輝ける者たちにも」
「いいえ、違いますよヴォード卿。私が知っているのは彼が生み出した技術が彼女の問いの答えに該当するということ、それと、彼が優れた研究者であったということです」
ヴォードが目を細め訝る。「あった、だと」
「はい。クェト・トゥトゥ・スは百五十年ほど前にこの世を去っている人間です」
賢者や将軍たちが一様に驚きと疑念の表情を浮かべ、グースに目を向ける。当人のグースはセラを見つめる。
「あなたが会ったのはおそらくは別人。彼の名を騙り、彼の研究の成果を用いているのでしょう……と言いたいところですが、人が人です。本人である可能性も否めません」
「何を言っているので~す、グース様」メルディンが満面の嘲笑を浮かべ、肩を竦めた。「あなたらしくもな~いですよ」
「確認が取れていないので可能性の話になりますがね、『界音の指揮者』。彼、クェト・トゥトゥ・スは死の……死者の権威です。死の哲学、霊魂の研究、死者の蘇生……彼はヴォード卿よりも長いその生涯をそういった研究に捧げました。『碧き舞い花』の言った包帯の技術もその一つで、自らが殺害した人間を操ることができると、彼の残した未完の文献にはあります。当然、その技術は完成しているので、別人が用いてこの戦場にいると考えるのが道理でしょう。しかし彼の研究はあなた方が知らなかった通り、世に知れ渡っていない。死者の復活という、偉業でありながら人の道を逸脱した研究を記した書物は、封印されたからです。彼が終の住処とした魔導世界の図書館に」
「ホワッグマーラ……」セラはグースの言葉に思い当たるものがあった。「禁書迷宮」
「おや、あなたが魔導書館の禁書迷宮を知っているとは……。代が変わって緩んだものですね、魔導賢者も」
「ヒュエリさんの知り合いですらないでしょ、あなたは」
「ははは、警告しておくといいですよ、お友達にね。いつまでの難攻不落の世界だと高を括らないことだと。まあ、もう色々と遅いようですけどね。禁書迷宮は特殊な空間、水浸しにはなっていないでしょうけど」
グースの言葉に、他の将軍たちも不敵に笑む。
セラは眉尻をキッと上げてグースを睨む。
白輝がホワッグマーラに手を伸ばそうとしている。否、すでに足を踏み入れている。この事実をすぐにでも友たちに伝えたい。今すぐ、ホワッグマーラへ跳びたい。
「そちらは、恩を仇で返す気か?」
セラが言いようのない怒りに衝動的になりかけたところで、ンベリカが声を上げた。腕を組み、グースに睨みを利かせる。
「魔導世界はすでに評議会の一員だぞ」
「例えそうだとしても、さてさて、どうでしょうかね」
グースも余裕を持ってンベリカを見据え返す。髪に隠れた口角は上がっているに違いなかった。
「この戦争が終わってみないことには、輝ける者たちも判断しかねるでしょう」
この戦争で勝利を収めることで白輝に恩を売り、今後の協力関係への足掛かりにしたい。それがゼィロスをはじめとした評議会の賢者たちの大多数の意見だ。
恩を作れれば大方、ホワッグマーラへの侵攻はない。だが、反対ならば。
だからこそ、この戦争には勝たなければならい。そのためにはクェトと彼の技術への対策が必須だ。
「グース、話を戻しましょう」
セラは一度ホワッグマーラへの危機を頭の隅に追いやり、凛と白き参謀を見つめた。




