370:参謀会議
ユフォンと別れたセラは休養所の入り口近くでズィーに手当を施した。それが終わると今度は自分の手当てにかかる。
傷薬を塗ってから、ズィーに手伝ってもらいながら脇腹に煌白布の包帯を巻く。時の濃度が濃い空間に包まれた傷口が、こそばゆく治っていくのがわかる。次の開戦までには外して大丈夫だと思われた。
そのあと自分で、細かい傷に軟膏を塗った。それが終わる頃、ズィーが言う。
「俺は何か食いに行くけど、お前は?」
「わたしはそこまでお腹空いてないから、いいよ。ちょっと行きたい所もあるし」
「そっか、じゃあまた」ズィーが去って行く。
その背中にセラ。「あんまり食べ過ぎないようにね?」
「さーどうだろうな。美味いからさ、ここのメシ」
「もお、まだ戦いは続くんだからね」
「おう、腹減ってたら戦えねな」
「……」
それ以上なにも言わず、セラは小さな溜め息と共にその場でナパードをした。
豪奢なシャンデリアが照らす矩形の部屋。白と七色が数人ずつ集まるそこに、碧き花が煌めいた。
「セラ」
「『碧き舞い花』」
白輝・評議会連合参謀本部。
彼女の登場にケン・セイとグース・トルリアースがそれぞれ口を開いた。続いて『白輝の刃』の将軍たち数名が、どよめきに似た息を漏らす。
「あれが噂の渡り人か」
集まっている者の中で一番高齢と思われる男が、堅苦しい威厳に満ちた顔で呟いた。片目だけで射貫くようにセラを見やっている。
「戦場で見かけたな」セラより少し年上に見える、さっぱりとした青い目の青年が、食い入るよう観察しながら言う。「へぇ、あの子がそうなのかい、デラヴェスさん?」
青年がセラから目を逸らさずに尋ねたのは、隣に座るデラヴェスだった。先ほどまでの戦いでの負傷や疲労はすでに取れているようで、平然と腕を組んで彼は応えた。
「そうだ。見た目に気を取られるなよ、ズーデル」
「分かってますって、一筋縄じゃいかないんっすよね。燃えます!」
「ほんときれいな子」二つに分けて編んだ長い髪をそれぞれ頭に一周させ、後ろで交差させ括り、背中に垂らした女性が、妖艶に笑みながら言う。「嫉妬しちゃうわ」
すかさずズーデルと呼ばれた青年。「あなたの方がきれいですよ、キャロイさん」
「あらあら、調子のいいこと言っちゃって」ズーデルに対して目は微笑ませ、口は高圧的に笑ませたキャロイ。「しばくわよ?」
「えーやだなー……お仕置きなら二人っきりの時にお願いしますっ!」
「小童め」高齢の男だ。「なぜこんなふざけた奴が将軍の地位を……輝ける者たちは何を考えているんだか」
「ひっどー、ちゃんと認められて将軍になってんすから、俺だって。ヴォードさんと一緒っ」
軽い口調とくっきりと上がった口角とは裏腹に、ズーデルのさっぱりとした青い瞳は墨を差したように重い濃紺色になったように見えた。実際に色が変わったわけではない、そう思わせる強い意思が乗った眼差しだ。
それは威厳を醸し出すヴォードという男を押し黙らせるほどだった。
「……」
場の空気が、セラの登場を潰し消してしまうほど重くなる。
「今は会議の場だ」重たい空気を吹き飛ばす一つの声。「内輪もめはあとで勝手にやってくれ」
ンベリカだ。
評議会側はケン・セイとンベリカの他にメルディンとテム、そして全身毛むくじゃらの男がいた。
この毛むくじゃらの男こそ、これまで幾度か名こそあがれど登場していなかったピョウウォルその人だ。全身を覆う栗色の毛。辛うじてくりっとした瞳が覗いている。
「ンベリカさんの仰る通りですね」
司祭の言葉にグースが肩を小さく竦めると、ズーデルはちろっと舌を覗かせてから、身体を下げ、椅子にだらしなくもたれた。ついでに強い意思も引き下げたようだ。
「別にもめてるわけじゃないんだけどなぁ~」
彼の軽口と共に空気が和らぎ、それを見計らってグースが咳払いと共にセラを見た。
「それで、『碧き舞い花』。いくらあたなたでも、この会議の場に入るのはあまり褒められたことではないのですが?」
「どうして? テムもいるじゃない。彼は評議会での位でいったらわたしと同じよ」
「……」視線だけでテムに尋ねるグース。
「セラ姉ちゃんの言う通りですよ」
「ほら」
「……そうですか、仕方ないですね」
「セラ、急用か?」グースの渋々といった答えを聞くと、ケン・セイが口を開いた。「遮るほど」
「うん、すごい重要」




