364:あのときと同じもの、違うもの。
身体が痺れ、そもそも押さえつけられた時点で苦しかった呼吸が、詰まる。
意識がままならず、身体の自制が利かずに開いた口の端から、無様に唾液が流れ出る。四肢もまるでそれぞれが意識を持ったかのように、苦しみから逃れようとのたうち回った。
そうして次第に意識がはっきりし、四肢が落ち着くと、砂に伏したのはクァイ・バルで変態術を学んだとき以来かと、戦いとは全く関係のないことが思い浮かぶセラ。
長いあいだ意識が朦朧としたように感じていたセラだったが、背中への一撃から何秒も経っていないのだと、傍らに立った包帯男を瞳だけで見上げて知る。
今、フォーリスは魔素の剣を振り上げ、彼女にとどめを刺そうとしている最中だ。つまりは一撃から追撃への移行、その程度にしか経過していない。
フォーリスの捕縛ではなく、ただただ痺れて動かない。敵もそれを分かってか、捕縛することなく、終わりにしようとしている。
危機的状況だというのに、意識だけはっきりとして状況判断と思考だけが活発になる。身体が動かないという中で、色々考えても意味がないのに。
振り下ろされる刃。意識の昂りからか、異常にゆっくりと感じられる。
痛み、最悪は死を覚悟し彼女が目を閉じたとき、それは現れた。
瞳を閉じた闇の中、彼女の視線の先に。パチパチと小さな紫電を弾かせる、淡い光の球。
クァイ・バルで遭遇した、精霊というものだった。
結局そのことをテングから詳しく聞くに至らなかった存在。というよりも、尋ねても彼は「精霊は精霊だ、よかぁよかぁ」と笑うだけで、説明する言葉を持っていなかったのだと思う。恐らく彼にとっては当たり前すぎるものなのかもしれないと、セラもそれ以上、もちろんカッパにも訊くことはなかった。
精霊は見た目からしてあのときとは別のものなのだろう。しかし、その行動は全く同じだった。セラの中に、比喩ではなく入り込む。
そして完全に光が身体の中へと消えると、彼女は大きく息を吸い込むとともに瞳を見開き、降りかかる刃を転がり躱した。
痺れが、ナパードの如く一瞬で消えた。
背中の痛みは残っているが、これは殴られた痛み。つまり、彼女はこの瞬間に、雷に対しての適応を手に入れたのだ。
立ち上がりながら、口の端の唾液を拭うセラ。そしてオーウィンを構える。
フォーリスは砂に突き刺さった剣を消失させ、新たな剣をその手に現出させる。その姿をよく見ると、彼女が先ほど裂いた箇所の包帯が元通りに、巻かれた状態になっていた。辛うじて血が滲んでいることが見受けられる。治療、再生したわけではなさそうだ。
そうやってセラが包帯に気を取られていると、フォーリスはその場で片腕を上げて、勢いよく振り下ろした。
セラはその行動を見た途端には、その場から動いていた。フォーリスを中心に旋回する。
ボフッ、ボフッ、ボフッ……――。
彼女を追うように、通った場所が順繰りに大きな力で、押さえつけられていく。ついには先回りとばかりに魔素が降ろうとし、セラは急停止とナパードを駆使して旋回しながら徐々に包帯魔闘士との距離を詰める。
そして、フクロウが敵の首を目がけて羽を広げた。




