363:包帯の魔闘士
砂埃を超えた先で、オーウィンと魔素の剣が交わった。
ピャドゥォン――! 響く高音と低音。
「ぐぅうううう゛……」
包帯を隔てて、フォーリスは唸る。まるで獣だ。
獲物を狩ろうと必死になった、獣。すでにわずかばかりの会話のやりとりでさえも出来そうになかった。
セラは剣を押し返し、敵をのけぞらせる。剣術において、そこらのホワッグマーラ人に後れを取る彼女ではない。
一気に決めてしまう勢いで、攻める。
しかし、自ら剣を作り出すだけあって、フォーリスは彼女の華麗な剣捌きに食らいつき、その身を守る。だがそれも彼女がナパードを混ぜるまでの話だ。
唐突に、セラは敵の背後に跳び……止まった。
「……っ!?」
大地より生えた魔素の荊が、彼女に纏わりついたのだ。フォーリスが得意としているのは対個人戦に合わせ、捕縛もだった。それがこのマカだろう。彼女の初めて見るものだった。
「渡界人に、効き目があるなら、あの帝にも効くな゛っ!」
剣を逆手に持って跳び掛かってくる包帯男。彼の言葉通り、セラは縛られた瞬間からナパードが封じられてしまっていた。
『幻想の狩り場』の呪具に似た効果があるようだが、不安感や不快感はな勝ったのが幸いだった。魔素の刃を目前に、セラは冷静に対処する。
魔闘士のマカを、自身のマカで打ち破ることはできないだろう。ならば――。
「はっ!」
気魂法だ。
荊は引き千切れ、消失する。気魂の余波によりフォーリスの手の剣も、蝋燭の火のように揺らぎ、荊と運命を共にした。
紛うことのない隙に、自由になったセラはすかさず駿馬と共に、敵を斬り抜いた。
見事な一撃に、包帯ごとフォーリスの胸部から腹部にかけてが裂けた。
散り落ちた血が砂を濡らす。だが、敵の息はまだある。セラは気を抜かず振り返り、オーウィンを構えて、状況を見守る。
「……」
こんな簡単に終わるのか?
そんな疑問が経験と勘から過る。
キノセたちが厄介と言った敵。戦う前も余裕を感じたわけではない。
――何か、ある。
ザスッ……。
フォーリスがだらりと両膝をついた。
「……ぅぅぅうううう゛う゛う゛っ!」
途端、包帯から覗く目を大きく釣り上げて、振り向くと彼女に向かって手を突き出した。魔素の衝撃が飛んでくる。それもかなり莫大な量だ。
顔の前に腕を出しながら障壁のマカを張り、尚且つ、鎧のマカを纏ったセラ。
「うっ……ぁ!」
耐えられたのは束の間、彼女の身体は衝撃と共に浮き上がり、大きく吹き飛ばされた。回転し、砂に何度も打ち付けられる。衝撃を和らげてはいるものの、ぶつかる砂の大地は固い。それに加えて、細かな粒子が闘気の範疇をすり抜けて、彼女の白い肌を小さく傷つけた。
そうしてようやく、野営地の純白のテントを突き破ったその先で止まる。
「ぅ……ぁぁ……」
手を着いて上体を上げるセラ。さらりさらりと、身体のそこらに付いた白みがかった砂粒が落ちる。軽く頭を振れば、彼女のプラチナからも砂がきらり、さらりと振り落ちた。
その時――。
「ぐぅうう゛う……」
フォーリスが唸りながらセラの頭上に現れた。その手は轟轟と雷に包まれ、彼女に向かって振り下ろされていた。
すぐさま回避しようと、地面を転がろうとしたセラだったが、またも動きを止められた。荊が脚に巻き付いていた。当然のようにナパードも出来なかった。
気魂法で掻き消す。彼女がそう判断し、行動に移そうとしたその瞬間。彼女が声を出そうとした瞬間だ。
「は、っん!?」
大きな力によって押さえつけられた。息が苦しくなるほどのそれは、液状人間ヌーミャルがドルンシャ帝の身体を使って彼女に向けた魔素による押さえつけ。そして何より、フォーリスが大会でドルンシャ帝本人から受けたものと同じものだった。
帝のそれに比べれば弱いのだが、それでもセラの口を塞ぐには充分だった。
「うんっあ゛!」
「んぁああ゛っ……」
彼女はなすすべなく、雷纏った拳をその背中に受けたのだった。




