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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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359:遡行

「くくく、面白い。いいぞ、『碧き舞い花』!」

 ヌロゥが今までにないくらい、しっかりと構えた。

 セラもオーウィンを握る力がいい具合に抜ける。

 この力で、この力ならば、一気に勝負を決めにいける

 そう彼女が心内で意気込んだ、その時だ。

 ふっと身体が重くなったように感じたセラ。対峙するヌロゥも眉を顰めた。

 自分の手元を見ると、碧きヴェールが薄らぎはじめていた。

クィフォ(うそ)……」

 どうにかして力を戻そうと、集中してみるが、無駄なあがきだった。まるで溺れるがごとく、あがけばあがくほどに、ヴェールは薄くなり、ついには消え失せた。

「なん、で……」

「なんだか知らねえけど、集中しろ!」

 ジュランが彼女の前に立ち、喝を入れる。

「戦いの最中だ。考えるのはあとにしろ、ジルェアス嬢」

 この場にいるセラ以外で唯一、彼女のその力の事情を知っているヅォイァが、ヌロゥの向こうから声を張った。

「……分かってますっ」

 せっかく発現させた秘めたる力。

 感覚すら掴めずに手元からなくなってしまったことに、彼女にはそれなりの心残りはあった。それでもセラはオーウィンを構え直す。

 一気に勝負を終わらせることができなくとも、勝機がなくなったわけではない。

 止まっている場合ではない。

「なんだよ、おい……今ので終わりか? っち、興醒めだな。俺の酔狂もここまでか」

 だらりと、構えを緩めたヌロゥ。そのままのらりくらりと身体を回し、後ろにいたヅォイァに迫る。

「せめて(よわい)順に殺すとするか。最後、仲間たちの死に絶望した『碧き舞い花』を殺すことで、この物語の幕を降ろそう」

「舐めるなといったろう、若僧がっ!」

「ふんっ、ここまで来て、老いぼれに何ができる」

「想像できぬだろう?」ヅォイァは迫るヌロゥに対し、棒を身体の前に突き立て、手を合わせる。「故に若僧なのだ」

「?」

 ぬらっと小首を傾げるヌロゥ。セラの隣ではジュランが駆け出そうとするが、それを彼女は止めた。

「おい、あの爺さんが――」

「待ってジュラン。ヅォイァさんは強いから」

「は? だってさっきは守りに入ってたじゃねえかよ、お前」

「いいから」

 それだけ言ってセラは黙り込み、ただただヅォイァに目を向ける。彼から発せられる雰囲気がウェル・ザデレァの原色の空気を濁らせているように、感じた。だから、ジュランを止めたのだ。

 くすんだ緑が彼に淡く輝く刃を振る。

 その寸前、老人は小さく口を動かし声を発する。

鬼心(おにごころ)――」

 その声はこだまするようにセラの耳に届き、次いでカコーンッと甲高い音が乾いた空に鳴り響いた。

 ヅォイァは未だ手を合わせている。にも関わらず、彼の棒が誰の手も借りずに自ら動き出し、ヌロゥの攻撃を弾いたのだ。

 その予想だにしていなかった反撃に目を瞠ったのも一瞬、ヌロゥはヅォイァに向かって二の太刀を繰り出す。

 しかし、それもまた棒によって弾かれた。三の太刀、四の太刀……棒は、主を徹底的に守っていた。

 外在力を纏っているヌロゥの攻撃に、折れることも、押されることもなく見事に打ち返す。

 獅子羽、ではなかった。

 棒は宙に浮いているものの回転はしておらず、何より獅子羽ならばヅォイァが腕を振って動かすはずであったが、彼は手を合わせたままだ。

 ヌロゥが一旦、ヅォイァから距離をとる。

「なんだ、若僧。もう終わりか?」ヅォイァは手を合わせたままヌロゥを一瞥し、口角を上げる。「俺はまだ終わらんぞ」

「そうか」攻撃を全て防がれたわけだが、ヌロゥは冷静に余裕を湛えている。「じゃあ、見せてみろよ」

「ここから先は、お前の想像の外だ」

 ヅォイァは合わせていた手をわずかに離し、それからパァンと叩いた。

「鬼に心、非ず」

 また叩く。パァン――。

「神に(かたち)、非ず」

 パァン――。

「デルセスタ棒術が辿り着く真髄……鬼心、そして――」

 ヌロゥが右目を大きく見開いた。「なにっ?」

「うそだろ?」とジュランはあんぐりだ。

「そんなの隠してたの……ヅォイァさん」

 三人が目の当たりにしたのは、遡行。

「――神容(しんよう)

 禍々しくも見える濁った煙を身体から発し、若返る。

 ヅォイァの時の流れが逆行し、見る見るうちにその身体が若返っていったのだ。

 顔の皺はきれいさっぱりなくなり、肉体は猛々しい筋肉に覆われる。うねっていた髭は雄々しく、彼の背筋同様にピンと真っ直ぐになり、顎で左右に分かれて逆立つ。その髭は牙のようで、角のようで。

 濁った煙にその風貌。

『デルセスタ解放の怪人』。

 怪人とはつまりこういうことかと、セラは得心した。

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