352:第六部隊隊長・野獣ガルオン
ズィーは竜化していた。
外在力も纏っていた。
力は桁外れに強くなっているはずだ。
それなのに、彼は、彼のスヴァニは、押し返されていた。
彼を押さえつけているのは、セラがフェリ・グラデムで戦った幻覚使いポルザ・ユン。その本来の姿である狼男に似た、筋骨隆々な獣人の大男。顔はオオカミというよりクマを彷彿とさせ、且つ、赤黒く雄々しいたてがみに覆われていた。
『野獣』。ガルオン・ビルティ。『夜霧』第六部隊の隊長。セラが知っているのはその情報だけだった。
見た目こそポルザを想起させるが、その実力や戦い方は全く違うのだろう。
絶大的な膂力により相手を圧倒する。セラはそう見立てた。何より、ズィーが何もできず、剣ごと押されることしかできていない状況がそう語っていた。
彼女は闘気を鎮め、音なきナパードで敵の背後を取った。
ズィーに集中しすぎている敵。部隊長ほどの者にしては、あまりにも周囲への警戒が杜撰。気配すら感じ取っていないようだった。
静かに、正確に、素早くオーウィンを振るうセラ。
確実に命を奪うため、その首を斬り落とす。
――はずだった。
「っ!?」
その斬撃は空振りに終わったのだ。
すんでのところで、不意にガルオンが頭を下げ、そのたてがみの毛先をわずかにオーウィンがさらっていった。
そして彼女が振り抜く剣を追うように、獣人が振り返る。ズィーは蹴飛ばされ、宙を舞っていた。そんな彼が彼女の名前を呼んだ時には、セラは鋭い爪を持つ獣の手に鷲掴みにされていた。
ガルオンの爪が雲海織りの衣を突き破り、セラの脇腹に食い込み刺さる。「ぐっ……」
「お~、いたいた。やっぱかぁ。あっぶなかったぜぇ」
「セラを放せよっ!」
着地したズィーがすぐさま切り返し、ガルオンの背に迫る。だが、セラはそんなズィーに叫ぶ。
「止まって、ズィー!」
ガルオンがズィーに向かって振り返り始めたのだ。セラを盾にするように前に構えたまま。
「っマジか」
スヴァニを大きく後ろに引いていたズィーは必死に止まろうと、足を砂上に滑らせる。砂が乾いた擦過音を立てる。
しかし彼の停止は間に合わない、そう感じ取るとセラは再び叫ぶ。
「やっぱり斬って!」
「はぁっ!?……おうっ!」
一瞬の戸惑いを見せたが、ズィーは滑るに身体を任せ、スヴァニを大きく振り抜きにかかる。
タイミングを、合わせ。
彼女は花を散らす。
碧き光の花弁がハヤブサの身体に反射する。
そんな中セラはズィーの上に姿を現し、腕を伸ばすとスヴァニを振り切った彼の肩を掴んだ。そして彼を支えに、敵に向かって衝撃波を放つ。野獣は飛び退き躱し、セラは衝撃波の反動によりズィーと共に砂上を転がり下がった。
体勢を立て直し、セラは眉を寄せる。
放ったマカを躱されたこともそうであったが、なによりズィーの一太刀も空を斬っただけで終わっていた。
スヴァニはズィーらしく力強く、真っ直ぐと振るわれていた。見事な太刀筋だった。しかし敵の身体には傷一つついておらず、今も「あぶねぇ、あぶねぇ……」と腕をふるふるとわざとらしく振っている始末だ。
セラとしてはハヤブサが獣の腕を噛み千切ってくれるとふんでの先ほどの算段だった。しかし彼女が跳ぶ瞬間、ガルオンはセラのことを離し、腕を引いていたのだ。
気配を読み、先を読んでいるわけではない。
勘で、本能的に危機を回避している。
「なんて勘の鋭い奴なの……」
「俺よりすげぇぞ、あいつの勘」ズィーが吐き捨てる。「まったく攻撃が当たんねぇ」
隣りに立つ彼からは力負けも手伝ってか、苛立ちが見受けられた。
「落ち着いてズィー。二人なら何とかなる。ホーストロストに教わったでしょ、勘はあくまでも勘、外れることもあるって」
ホーストロスト。それは彼女に『多くの見聞を持つ者の勘は、驚異となりうる』と教えた、『流浪の賭博師』の名だ。
「外れる、ね。あいつのはそうなりそうにないけどな。ほら、侮るなとも言ってたし、ホーストロスト」
「もぉ! らしくないよ、ズィー。そんな否定的に考えるなんて。勘は心持ちも関わってくるんだから」
「……っしょうがねぇだろ、こうも読み切られてばっかじゃよ」
「読んでないでしょ、勘なんだから」
「……あ、ああ……あー、なるほどな。ふっ……言われてみりゃ、そうだよな……」ズィーは竜の眼を細め、大きく息を吐いた。「……わりぃ、熱くなりすぎてるな、俺。仕切り直しだ」
「うん」
二人は揃って、野獣に向かって剣を構えたのだった。




