349:秘めたる力
しばらくズィーと話していると、セラのもとへテムがやってきた。
彼女はすぐに本題へと入った。
「通信機を貰いたいの。ンベリカがテムにって」
「なんだ、そういうことならさっきのときに用件でも聞いとくべきだったなぁ。装備品は武器庫にあるんだ、取ってくるよ」
そう言ってテムは彼女のもとを離れて行った。その背を見送るセラに向かってズィーが「あっ」と声を上げる。
「貰いたいもんで思い出した。セラ、逆鱗花の葉っぱ持ってない?」
「もちろん持ってるけど……? もしかしてもう使い切っちゃったの?」
「この戦争の前に補充しとこうとしたんだけどな……なくなっちまったからよ、スウィン・クレ・メージュ」
「……うん」
ズィーの憂いに満ちた瞳に、セラは小さく頷く。それからバッグより一株の植物を、根っこまで丸ごと取り出した。
逆鱗花。
花と呼ぶべき中央部分を採取の際に切り取ってしまていることを除けば、他に何ひとつ欠損のない状態の一株だ。
「花もないうえに、虹架諸島じゃないと育たない……。わたしが持ってる三株が現存する最後の逆鱗花、なんだよね」
「そうなるな。俺も、なるべくは控えるようにするよ。二枚、貰うぞ」
ズィーは鱗状に連なるどこにでもあるような形の葉を千切り採った。カリッと硬質で軽快な音がした。
「それは、ジルェアス嬢がヨコズナ神との戦いのとこに齧った葉か?」
セラの横からヅォイァが口を開いた。
「うん、そうだよ。『竜毒』の原料になる葉っぱ」
「麻薬? そんなものを使ったのか? それにズィプも使うのか?」
「普通の人が食べれば麻薬どころじゃないんだけど、わたしたちは大丈夫な体なの。特にズィーは胃の中に解毒してくれる微生物がいるし、竜人から竜化の指導を受けてるから。わたしは疲労回復に使うのがやっとかな」
「なるほどな」
「ま、でもな、ヅォイァじいさん。セラが竜化、ってか暴走? するとすげぇんだぜ。なんかこう、エメラルドの靄みたいなの纏ってさ。あん時が今までで一番本気出したかもな、俺」
冗談めかして笑うズィーに、セラは口をぽかんと開けて呆けてしまった。
「ん? なんだよセラ、冗談だぜ。俺はこの戦争だって本気で臨んでるって」
「……ううん、そうじゃなくて」
「いや、なんでお前にそんなこと言われなきゃいけねーんだよ」
「だから、そうじゃなくて。わたし、ホワッグマーラで碧い光を纏ったの? エァンダの瞳の色の?」
「あ?……エァンダの瞳の色? まあ、そうだな。お前のナパードの色だから、そうとも言える」
「ジルェアス嬢、確かお前は兄弟子があの力を貸してくれたと言っていなかったか?」
「うん……いままでエァンダに背中を押されたときに、力が漲ってたから、てっきり……」
「おいおい、なんの話だよ。あ、てかあの力さ、タイミングがなくて聞けなかったけどなんで隠してたんだよ。仮に俺にできない技術だとしても、教えてくれるくらいよかったんじゃねーの?」
「わたしも知らなかった……」
「え、どゆこと?」
首を傾げるズィーを余所に、セラは誰に言うでもなく自問する。
「わたし、無意識のうちに使ってたってこと? わたし自身から出た力だったってこと?」
「渡界人特有の身体機能向上術、というわけではないのか? ゼィロス殿には聞かなかったのか」
「うん、思えば一度も聞いたことない……エァンダの力だと思ってたから……。じゃあ、何が要因なんだろう……?」
セラは手のひらを見つめる。自分の中に、自分の知らない力が眠っている。その事実に内心興奮していた。薄らぐまでのわずかな時間にしろ、悪魔や神を圧倒した力だ。意識的に発現させ、維持できるものならばどれほど有益か。
コツン――。
「いたっ……」
なんとしてもものにしたい気持ちで一心な彼女の頭をズィーが小突いた。超感覚や気読術で彼が動いたことにすら気付かないほど、セラはその考えに執着してしまっていたのだ。
「すげぇ力を手に入れたいのはわかっけどよ。今は目の前の戦争に集中しろよ。お前が足引っ張るようなことしてみろ、一気に負けだ」
「……ごめん、分かってる。ありがとう、叩いてくれて」
小突かれた箇所を手で軽く触りながら、彼女は大きく息を吐いたのだった。




