346:ウェル・ザデレァ
心地よい湿った熱風が吹く。
辺りを水に囲まれた小高い丘。ブーツを履いていても砂の粒の細かさが分かる。にもかかわらず、大地としてしっかりと人や植物、テントを支えている。
『白輝の刃』が設け、評議会が加わった本部野営地の傍に生える草花は一言でいえば原色。鮮やかで、長いこと直視すれば瞳にその色が染みてしまうのではないかと思われるほどだった。
木々は一様にして、鱗状の表皮の幹、鋭く細い葉、固い毛におおわれた実を有していた。風が吹くたびに硬質な音を立てて擦れる。
また、湿った熱風が優しく吹いた。長めに吹いて、水面を撫でていく。
遠くに点々と、セラのいる場所と同じような砂の丘があるほかは真っ青が広がる。そして視線をわずかに上に向ければ、空には月が二つ。満ち欠けや大小に差はあれど、どちらも同じ高さで、昼間にもかかわらずくっきりとその姿を現している。
ウェル・ザデレァ。
彼女のサファイアに映ったその世界は、今まさに戦争が行われているとは思えないほど長閑な時間が流れていた。
休戦の時。
「ジルェアス、何やってんだ。中入るぞ」
キノセに呼ばれ、セラは真っ白な布で出来たテントの中に入った。
「外見からは想像できないな、これは……」
セラがテントに入ると、ユフォンはその内装に息を漏らしていた。
布を張って作られていたはずの外見であったが、内装は立派な石造り。煌びやかで、これもまた戦地の建物とは思えないようなものだった。彼女がビュソノータスで見たデラヴェスの城を彷彿とさせる。
「これは白輝の煌白布だよ、ユフォン。布の中に別の空間を作り出す技術」
「へぇ。もしかして、君の持ってる行商人たちのバッグもこれと似た技術で作られてる?」
「メルベの民たちの技術が先。白輝がそれを応用した」
「さすが、よく知ってるね」
「それはそうでしょうね。『碧き舞い花』といえば幾度も我々の邪魔をした要注意人物なのですから」
白き衣に身を包んだ長身の男が、奥から二人のもとへやってきた。艶やかな紫の長い髪をマフラーのように首に巻き、口元までを覆っている。
「久しいですね、『碧き舞い花』」
セラは苦虫をかみつぶしたような顔で男の名を呟く。「グース・トルリアース」
「知り合い?」
「何度か戦った」
「初顔合わせとなるガラス散る都市以外では、私の勝利だがね」
「……。白輝の指揮官はあなたなの? お得意の高みの見物?」
「ふん」余裕綽々といった様子で鼻で笑うグース。「私が戦うとすればあなたくらいないものですよ。光栄に思いなさい。そして今回は手駒として、しっかりとあなたを使ってあげます、光栄に思いなさい」
「誰があなたの言うことなんて」
「あなたの活躍、期待していますよ。ははは~」
セラの言葉を無視すると、グースは勝ち誇ったかのような笑い声と共に去って行ったのだった。
その背中を憎々し気に顔を歪めて見るセラは吐き捨てる。「ほんっとっ、やな奴ッ」
「……ははっ」ユフォンが隣りで、目を瞬かせて乾いた笑い声を上げた。「君がそんな悪態つくなんて、相当だね」




