345:本当に許せないこと
「それで、カッパの用はなに?」
ウェル・ザデレァの事情を知ったところで、セラはカッパに尋ねた。彼は店に入ってくるなり、一直線にセラたちのもとへ来た。つまり、音楽やお酒を楽しむ目的で来たわけではないのだろう。
「大したことではないのだが」カッパはセラを見据えた。「お主が帰ってきて、そのうえ目覚めたというので様子を見ようとな」
「そっか。この通り、わたしは大丈夫だよ」
「よかぁ」
一つ目を細めるカッパ。その目をパッと開く。
「しかし、コクスウリアが『夜霧』への潜入者だったとはな。しかも偵察の民の者ときた。その協力を得られたこと、大きな成果だな、セラよ」
「うん。でも、今回のことでコクスーリャの立場が悪くならないかが不安。潜入に支障が出なければいいんだけど……」
「そこはお主が心配しても仕方あるまい。奴も己の任として動いておるのだろう? ならば、何事も己で責任を持って判断することぞ」
「うん」セラは少々弱々しい苦笑を浮かべる。「強いから、大丈夫だとは思うんだけどね」
そうして時間は過ぎてゆき、酔ったキノセが隊員たちを死なせない、死なせないと繰り返すようになったころセラたちは解散することとなった。
「それじゃ、キノセをよろしく。ユフォン」
「任せて。まったく、なんだかんだ言って、重圧感じてんのはキノセだったわけだ」
「うるさぁぁいぞ、ユフォン。絶対、死なせないからな、お前も! ジルェアスもだ!」
「はいはい、それは何度も聞いたから。行くよ、こんな体たらく、隊員たちに見られたら士気もだだ下がりだぞ?」
「ぁあ、そうだな。帰るか」
ユフォンがキノセと肩を組んで去って行く。それを見送るセラとカッパ。二人とも表情は柔らかい。が、彼らが離れて行くと、カッパが表情を引き締めた。
「セラよ」
「何? そんな難しい顔しなくても、キノセなら大丈夫だよ」
「いや、そのことではないのだ」
「え?」
「いやな、二人がいたから聞けなかったのだ。セラよ、ズエロスから聞いた話の中に裏切り者の件がなかったのだが……お主はコクスーリャから何も聞かなかったのか?」
「ぁ、えっと……」
話すべきか話さないでおくべきか。一瞬そんな考えがよぎったが、セラの答えは決まっている。
「ごめん。そこまで聞く余裕なくって」
カッパもゼィロスと共に裏切りを探っていたうちの一人だ。しかし今回に限っては、伯父は一人で調べると言ったのだ。その言葉に従う。
「さいか。まあ仕方あるまいな。囚われていた中での会話だったのだろ? なんにせよ『白昼に訪れし闇夜』のことや牢獄世界のことが分かったわけだしな。上々であることに変わりなしぞ。よかぁ」
初期より伯父と共に行動し、評議会の発足の一助となったであろうカッパに話さないというのは、わずかに心苦しいことではあった。
彼も裏切り者に関してしっかりと考えている。せめてその意気に添うようにとセラは口を開く。
「わたし、裏切り者のが誰であろうと絶対許さない」
「うむ」
「本当は『夜霧』の一員で、情報を流してるっていうのもそうだけど……。わたしが本当に許せないのは、一緒に過ごしてきた時間を無かったことにされること。笑いあったり、喧嘩したり、色々あった時間が、実は空っぽなものだったって……絶対いや」
「さいだな。しかしセラよ、裏切り者が発覚した時、お主は問答無用で切り捨てるか?」
その質問にセラは一瞬戸惑うが、すぐにカッパの一つ目をしっかりと見て返す。
「……そんなこと。ないよ。もう仲間には戻れないだろうけど、話は聞く。『夜霧』のこと、全部話してもらう」
「うむ、よかぁ。安心ぞ。よもやお主が命を軽んじたのではと思ったのだ」
「それこそないよ」
笑むセラ。それを機に歩き出した。
「さいだな」とカッパも続く。「しかし、セラよ。お主は仲間には戻れないと言うたが、裏切り者に『夜霧』を裏切らせるというのはどうじゃ? 説得しこちら側に寝返らせ、持ってる情報以上の、その後の情報も得ることができるのではないか?」
「うーん、それが本当にできれば大きな情報源になる。それに嘘の情報を敵に流すことも出来る。けど……厳しいんじゃない?」
「はて?」
「説得して寝返ってくれるなら、そもそも裏切らないと思う。仮に寝返ってくれたとしても、それが本心からかは分からない。寝返ったと見せてそのまま裏切りを続けるかも。捕えておくのが一番じゃないかな。ケン・セイとかメルディンなんかは、情報を引き出したら殺そうとするかもだけど」
最後は肩をすくめて冗談めかすセラ。あまり疑念渦巻く状態で話しを終わらせたくないという思いだった。
それに賛同したかどうかは彼女の知るところではないが、カッパは「さいだな」と楽しげに笑った。




