341:励まし
しばらくの間、セラとウィスカは岩に腰掛け、肩を寄せ合った。
言葉を交わすことなく、せせらぎと木漏れ日に包まれる。
ウィスカはシァンだけではなく、家族や多くの同胞を失った。そんな胸中をセラは察することができない。
自身も故郷、家族、一族を失った経験をしている。
だからこそ、残された者の心の内は理解しているつもりだ。
ぐちゃぐちゃ。
悲痛、憤怒、喪失、違和、拒絶、浮遊、虚脱、嘆願、不安、寂寥、荒廃、憎悪、畏怖、嫌悪、困惑、怨念、絶望…………。
あらゆる感情が渦を巻き、心は荒ぶ。
そうわかりきっているからこそ、感情を限定などできない。他人が勝手に察して、慰めの言葉などかけてはいけないことなのだ。
セラの場合は『夜霧』への恨みから、自身が戦う道を選び、ゼィロスに戦い方の教えを乞うた。だが、ウィスカは黙っている。
だから、彼女から言葉が発せられるまで、セラは待つことにした。今はとにかく、傍にいてあげることが一番の安らぎになるのだろう。
いままでからっと晴れていた空に雲がかかったときだった。ウィスカが空を見上げ、鋭い歯を有する口を開く。
「シァンはさ、雲に落ちてったの。下の。ピギャーが追いかけて……だから、上に戻って来て、評議会の人が開いてくれた、この世界まで続く門に、ギリギリで飛び込んでてさ、何やってんのって怒るんだけど、しっかりこの手で抱きしめてあげられるんだって、そう、思ってたの……でも、シァンは門から出てこなかった」
「……ウィスカさん」
セラがいざ慰めの言葉を口にしようとすると、それより前にウィスカが快活に立ち上がった。
「だけどね!」
「……?」
「わたしはわかる。シァンは……シァンだけは異空のどこかで元気にやってるんだって。あ、あとピャギーもね」
「……えぇと」
さっきまでの悲しみが嘘のような、空元気ではない心からの明朗さにセラは呆気に取られながら彼女の顔を見上げる。
「ああ、ごめんね。せっかくセラちゃんが慰めててくれたのにわたしだけ盛り上がっちゃって」
「いえ、わたしはただ横に座ってただけでまだ何も……」
「そんなことないっ。だって元気出たもん、わたし」
「そう、ですね」
「大丈夫、絶対あの子は生きてる。血は繋がってなくても、姉妹だもん。心のどこかで感じるんだ」
「……ウィスカさんが言うんじゃ、そうなのかも」セラは小さく笑んだ。「わたしも信じてみます。なんなら、探します」
「ほんとっ! いやいや、駄目駄目。『碧き舞い花』の貴重な時間をシァンのために使うなんてもったいないよ。あ、それなら今のわたしもね。引き止めちゃってる」
「いえ、わたしは大じょ――」
「これ以上セラちゃんの貴重な時間を奪っちゃうのはマズイ! 異空規模の問題だよ。もうわたしは大丈夫だから、異空のために舞って、セラちゃん!」
「えっと……は、い?……ふふっ」
セラは満面に笑み、立ち上がった。
「はいっ!」
ウィスカの涙に感化されたように、彼女の明朗さに引っ張られていた。
最後に抱擁を交わし、二人は笑顔のまま別れたのだった。




