340:透明な虹
翌日。
休養するための日ではあったが、セラはヒィズルにいた。
目的はもちろん、スウィン・クレ・メージュの生存者。中でも彼女の知人たちだ。
昨夜ゼィロスは、竜人たちが『夜霧』に対し評議会への協力のことを話すわけがないだろうと言っていた。断言ではなく、推測だった。つまりそのことを知る者から話を聞いたというわけではないのだ。
そのことから、『夜霧』と直接繋がりのあった裏社会の首領ワィバー・ノ・グラドを筆頭とするグラド一家、その生存者はいないのだろうと彼女は覚悟していた。
実際、その気配は存在しなかった。
友のような関係ではなかったが、世界のことを想い、汚れ役を買って出ていた彼らの冥福を祈る。
「あいつが最後まで盾になっても、竜人は数えるほどしか生き残らなかった」
竜人のために用意された家屋の前庭に、慰霊碑として硬質な竜の骨で作られた矛が逆さに立てられていた。
竜の逆鉾。
その前で胸に手を当て祈るセラの背後。角の折れた逞しき竜人、デラバンが静かに歩み寄ってきた。
「むしろ全滅しなかったのはワィバーとグラド一家のおかげだ」
「ジュサも?」
「ああ」
ヒィズルの穏やかな風が、セラの白銀を揺らす。
「セラのことだから、感覚でわかっていると思うが……」
「……」
デラバンは言葉を最後まで言わなかった。セラの顔を見て、答えを得たのだろう。
この世界にシァンはいない。
「ウィスカちゃんがいるのは、もちろん分かっているな。シァンちゃんと最後にいたのは彼女だ。セラも忙しいとは思うが、もしよかったら、時間が許す限り傍にいてやってくれ」
「もちろんよ」
ウィスカは竜人の家屋にはおらず、セラは知った気配を探り、徒歩で彼女のもとへ向かうことにした。
ナパードで突然現れることに気が引けた。それに、おおむね復興したヒィズルの町並みも見て行きたかった。
活気が溢れるとまではいかずとも、テム・シグラが以前口にしていた通り、普通の生活が送れているようだった。
ただ、竜人たちは完全に受け入れているわけではないようだ。
世界を失った彼らに対しての同情や慰めの言葉がセラの耳には届いていた。しかし反対に、自身たちも完全な復興を遂げていないにも関わらず、他世界の者を受けいることに対しての不満の声もあった。
責めることはでない。
悪いのは彼らの心情ではなく、こういった状況を作り出した『夜霧』なのだ。
今、異空にはどれだけ『夜霧』の影響で涙する人たちがいるのだろうか。
絶対に変えなきゃいけない。セラは心に強く刻み、町を外れた。
せせらぎが森林に和やかな雰囲気を演出する小川の畔。
川に突出した岩の上に、緑髪の竜人ウィスカは腰掛けていた。足を川につけ、緑生い茂る木々の合間から、からっと晴れた空を見上げていた。
「ウィスカさん」
セラは優しく声をかけた。
振り向いた竜の瞳は彼女を捉えると、一瞬キュッと細まり涙ぐんだ。それからすぐに顔全体で、妹の友に笑いかけた。
「あら、セラちゃん。ホワッグマーラの方は上手くいった?」
無理に取り繕ったその笑顔に涙が零れ、鱗と鱗の間の溝を浸み伝う。分岐を繰り返し、ゆっくりと勢いを失っていくその涙は、最後には顔から落ちることなかった。そのままウィスカに沁み入っていく。
夢の半ばだったシァンを偲びながらも、心を強く、『夜霧』に対する怒りを燃やしていたセラだった。それでも、ウィスカの涙は彼女にまで沁み入って……。
潤んだサファイアから、一筋の涙がきれいな弧を描いて零れ落ちた。
透明な、虹だった。




