336:虹の消失
「なるほど、プルサージが自分に幻覚をかけてまで口を割らないわけだ……」
コクスーリャの正体、グゥエンダヴィードの座標、『夜霧』の本拠地が別にあること、そして『白昼に訪れし闇夜』の名とその呪い。
セラがそこまで話すと、ゼィロスは最後に話した呪いについての言葉を漏らした。
それを聞いたヒュエリはしゅんと肩を落とした。「お役に立てず、申し訳ないですぅ……」
セラは記憶を辿る。フェリ・グラデム出発前、ヒュエリは幻覚に自分を閉じ込めたプルサージを見に行くところだった。結果は聞かずしてもわかる。ヒュエリの知識やマカを持ってしても、彼の幻覚を解くことはできなかったのだろう。
と、ヒュエリが打って変わって表情をパッと明るくする。
「でも! ナパスの民が囚われている世界の場所が分かったのは、大きな前進じゃないですか? よかったですね、セラちゃん」
話題を変えるが目的ではなく、本気でそう思っていることが伝わってくる。
「はい」セラは表情を引き締める。「必ずみんなを助け出します」
「そう急くな、セラ。早いに越したことはないが、何の準備もなしに向かうことはさせないぞ」
「分かってる。評議で話し合って、調査に行って、作戦を考えないと。失敗なんてできない」
「やる気があるのはいいけどな、ジルェアス」キノセが腕を組んで言う。「今は一つの一族のために動いてる場合じゃないんだよ。評議も開ける状況じゃない」
「え?」
「そもそもコクスーリャだって、『闘技の師範』をはじめとした主戦力の賢者が残ってれば捕えられたかもしれないんだからよ」
「そっか、ケン・セイは虹架諸島に調査に行ってるんだ」
「いや違うよ、セラ」ユフォンが否定し、重々しく口を開く。「虹架諸島の件はすぐ決着がついたんだ……世界の消滅をもってね」
ヅォイァを除いた全員が表情を落とす。
「消滅っ!?……ぁ、嘘…………」
信じたくない気持ちで彼女はスウィン・クレ・メージュへと跳ぼうとした。しかし、それが真実を知らせる。
跳べない。それはその世界がなくなってしまったことを意味する。
「……なんで?」
「なんでってことはないだろ。『夜霧』に決まってんだろ」
「竜人たちがわたしたちに情報をくれたことが、ばれたってこと?」
「メルディン様たち三人が向かった時には既に襲撃は終わりに近かったらしい。どうにもならなかった」
「ホワッグマーラを救ってくれた世界がなくなってしまって、わたしも悔しいです……」
「ああ、僕も初めて『夜霧』に対して憤りを感じたよ。ホワッグマーラという大きな存在に守られて、今までどこか他人事みたいに思ってたけど……評議会の一員なんだって強く胸に刻んだ。絶対に許せない」
「……」
彼女の頭には虹架諸島で出会った竜人たちや、ハーフの少女シァンの顔が浮かぶ。異世界を旅するという彼女の夢は果たされることはなくなってしまったのだろうか。
セラは望みを胸に訊く。「生存者は……?」
「いる」ゼィロスが小さく頷いて言った。「知人を探すなら、あとでヒィズルに行くといい」
と、ゼィロスは立ち上がる。
「俺は一旦外す。セラからの情報をテングやヌォンテェに伝えてくる」
そこでセラは伯父を引き止める。「待って、伯父さん」
「なんだ? 話はきれいに終わったようだったが? 虹架諸島のことや今の情勢はみんなに訊けばいい」
「うん……そうなんだけど、まだ……」
セラは視線で辺りを気にする素振りを見せる。
彼女は裏切り者についてゼィロスに話したかった。ユフォンたちを信じていないわけではないが、まずはゼィロスだけに伝えるべきだと考えていた。だからさっきも伏せたままにしておいたのだ。
「……わかった。ひとまずあとだ。今夜また来る」
「うん」
頷く姪を見ると、ゼィロスは赤紫の閃光と共に姿を消した。
「さて、俺も行くか」キノセが扉に手をかけた。「暇じゃないんでな」
「そう言って、君、戦いの準備そっちのけで来てるじゃないか。ヒュエリさんより早く癒しの音使ってさ」
「なっ、何言ってんだユフォン。ジルェアスに死なれたらテンポが悪くなるから仕方なくだ。それにお前の師匠は泣きじゃくってなんもしなかったからな」
「ふぇぇっ……」
「ヒュエリさんを馬鹿にするな。それに、結局はヒュエリさんの疲労回復のマカと僕の治癒のマカが一番効いたじゃないか」
「……癒しの音はむずいんだよ」
セラは笑いかける。「ありがとう、キノセ」
「……」
キノセは顔をむずむずと動かしてから、ぶっきらぼうに、勢いよく部屋を飛び出していったのだった。




