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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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327:空を覆うもの

「違うとな?」

 眼前に迫る神に臆することなく、爽やかな顔のままコクスーリャは言う。

「さっきまでの戦いで、俺だけが気付いた。だから、神前試合ではあったが止めさせてもらった」

 空気が震え、神はわずかに身を引いた。わずかな間の後に戻って来て、口を開く。

「……ほうほう。なるほど。むしろ約定を守ったというわけだな。よかろう。よかろう」

 会場の気温が戻った。男たちの安堵の声も聞こえてきた。しかしそれもすぐに引っ込むことになる。

「では儀を執り行おう。酒だ! 酒を持て! 宴だ!」

「待て、ヨコズナ神」

 上機嫌になりかけた神を躊躇うことなくコクスーリャは止める。

「なんだ。……そうか、褒美か。褒美が欲しいか。何が欲しい。力か、富か……」

「悪いけど、そんなものはどうでもいい。でも褒美として願いを聞いてもらえるのなら、ちょうどいい」

「なんだ、言ってみろ」

「彼女をこのまま帰してやってほしい。あと、何か言いかけていることがあるようだから、それも聞いてやってほしい」

「帰す? ならん。話なら宴のあとでゆっくり、聞いてやろう」

「彼女にはゆっくりしている暇はないんだ。こちらの言い分を聞き入れられないというのなら、俺が力づくでも彼女を連れ出す」

 ぐぐぐっとヨコズナがコクスーリャに巨眼を寄せる。神の動きにより起きた風圧に、セラは目を細めた。だが、コクスーリャは真っ直ぐと、睨むように神の目を見ていた。

「人間が我に逆らう。そんなことはあってはならない」

「驕るな神よ。人間は神の所有物ではない。むしろ、神は人間なくして成り立たない。人がいてこその神。敬意であれ、畏怖であれ……人の想いあってこその神だ」

 神と探偵の睨み合いは続く。その視線が自らに向いているわけではないのに、セラは圧迫感を感じていた。それなのに、コクスーリャは顔色一つ変えないでいる。

「ヨコズナ神。あなたが具現化するほどの神であるのは、ここにいる、強さを求める者たちの信念や矜持、それらが信仰として形を成しているからだ」

「無知なる人の子よ……」神は嘲るように言ったかと思うと、重くのしかかるような声で続ける。「我は我、我は世界――」

 グォグォグォグォグォグォ……………。

 突然、神の体動とは関係なく、空気が震え出した。

「世界の理を乱せし者へ、罰を」

 ヨコズナ神が台の前から顔を遠ざけた。すると、巨大な影がセラたちを覆った。

「やはり武神。解決には武を選ぶか」

 涼し気に見上げるコクスーリャ。セラも倣って見上げる。空からは拳が降ってきていた。それは闘技場を覆わんばかりの大きさで、客席から男たちが転がるように逃げ始めた。

 セラの後方、闘技場では第一階層の戦士たちが、慌てふためくことなく顔を上げている。

「おのれコクスーリャ」

 そんな中、シメナワは落ちてくる拳を気にしながらも、その場でコクスーリャを睨んでいた。そして野太い大音声を上げる。

「皆の者! ヨコズナ神の怒りを鎮めるぞ。命を捨てると覚悟せいっ」

 戦士たちは声を出すことなく神妙に頷き、ひとまず神の一撃の直撃を避けるために、各々飛び退いた。

 セラも台の上に留まっている場合ではない。「コクスーリャっ」

「悪いな、セラフィ。上手くいかなかった。番狂わせを起こさせないように対話を試みたんだけど。話が通じる相手じゃなかった」

 探偵は爽やかに肩をすくめる。その余裕な態度とは反対に、セラは囃し立てる。

「そんなこと言ってる場合じゃない。逃げないと」

「もちろんだ」コクスーリャは強く頷く。「想定とはだいぶ違うけど、この混乱に乗じて別の世界に――」

「駄目。外には出られない」

「なに?」

「あれ」

 セラは神の拳の向こう側に見える空を示した。晴天だった空が雲に覆われて見える。ただ曇ったわけではない。異様なことに、その雲の表面を、白くて黒い、黒くて白い半透明の光りがてらてらと覆っていたのだ。

異空(ナトラ)()(ネヌ)。完全に異空との繋がりが断たれてる。ナパードでも外には出られない」

「異空の雲、あれが……。さっきの揺れの時か。どうしても君を逃がしたくないらしい。こうなったら。シメナワが言ったように、ヨコズナ神を鎮めるほかないか。動けるか、セラフィ……?」

 セラはコクスーリャから離れて台から降りた。ヅォイァの隣りだ。

「動かなきゃでしょ」言いながらヅォイァに触れ、その隣で未だに伸びていたハンスケにも手を置いた。そうして最後にコクスーリャに目を向ける。「あなたも」

「ああ」

 コクスーリャが彼女の肩に手を置くのを待ってから、碧き花が散った。

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