315:神前試合
黄金色に輝く俵が円形に並べられ、その上部だけを出すように土が盛られた闘技場。広さはマグリアのコロシアムと同程度。セラはその中央に一人、セブルスの姿で立たされていた。
神前試合当日。
闘技場の周り、少し離れたところには段々畑よろしく、階段上の客席が三方に設えられていた。開いた一方には俵が積まれ、台となったそこに巨大な焼き物の酒瓶が置かれている。
客席に納まる男たちは第十階層までの者らしい。煌めく衣服を着る者と輝きを帯びていない服を着る者に分けられた。恐らくは階級の違いでそうなっているのだろうが、輝きの有無はあるものの、高価な衣装に変わりはない。そして何より、引き締まった体の者が多い。気配もそれぞれ相応のものだ。それらが混じり合い、客席から漂う気配は異様に大きい。
しかしそれをものともしない気配を、惜しげもなく、威厳の如く放つ第一階層の戦士たち。
彼らはというと、俵の台の両脇に分かれ、並べた黄金の俵に座していた。皆がみんな、闘技場のセラにじっと見ていた。
客も戦士も闘志を放ち、会場は満ちている。
それにもかかわらず、これから試合がはじまるというのに、静かだ。客すらも声を上げない。
異様な雰囲気の中、上空で一羽のカラスが鳴いた。高く、刺さるような一声だった。
セラが上空を旋回する、黄金色の地上とは相反する真っ黒な鳥を見上がていると、紫を身に纏った行司が一人、台の前に歩み出た。セラは視線を向ける。セラににんまりと笑った、丸眉の行司だった。
「これより、ヨコズナ様をお呼び致す」
行司は宣言すると、台の上の酒瓶向かって一礼した。そして声を張る。
「我らが神、ヨコズナよ、聞け!」
行司の声がこだまする。
こだまが消え入るに変わり、大地が震えはじめた。その揺れが収まると、行司の正面に、巨大な顔がうっすらと現れ、徐々に実体を持ってゆく。
「我を呼ぶか」
空気が震えるほどの声と共に、ヨコズナ神は現れた。片目だけで闘技場を映しているようだった。
その巨大さときたら、アルポス・ノノンジュの巨人など比ではなかった。闘技場を覗くその顔だけでも巨人以上。その体が一体どれほど下の階層まで届いているかなど想像もできなかった。
「此度は主に、血を捧げ給うが故お呼びだて奉った。我らの命を賭した戦いを肴に、最上の美酒、そして最上の血を味わうがいい!」
「ほう、ほう、ほう。では、はじめるがよい」
ヨコズナの巨大な手が酒瓶に伸びた。神にとって、酒瓶は小さな杯だった。酒瓶が天高く持ち上げられると、ヨコズナ神は一息に酒を飲み干した。
それを見てから行司は神に向かって一礼した。頭が上がると、闘技場のセラに目を向ける。今ので神とのやり取りは終わったらしい。
随分呆気のないものだとセラは感じた。世界の神を前にしているはずだが、圧倒されるのは大きさのみ。印象が軽い。それが神というものなのか、気読術により気配を感じることも出来ていなかった。
「この度の神前試合。取り仕切るは、我、エーボシ。西、挑戦者は十三階層のセブルス。東、迎え撃つは第一階層の戦人の皆々様。直ちに開幕戦を執り行う」
エーボシが言うと観客から拍手が起こった。盛大とは言い難い、神妙なものだった。それが止むと、俵の台の脇に座る戦士の内、一人が立ち上がった。
円らで大きな目を持つ、小柄な男だ。
「開幕戦、東、ポルザ・ユン。前へ」
小柄な男、ポルザが闘技場へと上がった。セラと向かい合う。目の前に来てみると、彼女より背が低い。
「開幕戦だけど、終幕戦だよね、これ」
薄ら笑いのポルザ。
セラはそんな男の態度など気にせず、彼を観察した。武器らしい武器は携帯してない。感じる気配もセラと同程度。気を抜かなければ負けない。そう結論付けた。
「両者、いざ尋常に――」
「チミ」エーボシが開戦の合図を出そうとする最中、ポルザは潜めた声で言った。「オイラを見下ろしてるな?」
「?」
「――はじめっ!」
ポルザの言葉が気になったが、セラは先手を取りにいった。




