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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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307:男と男の約束

 ここにきて、セラはフェリ・グラデムについて新たなルールを知ることとなった。

 フェリ・グラデムでは、強さを証明せずとも上の階層へと進める存在がいるというのだ。それが六つ腕の男が言う指導者、コーチだった。

 戦士に助言を授けたり、補佐したりするのが役目であるコーチは、自身がついている戦士と共に階層の移動が許される。そういうことだった。

 今までそのような話を聞かなかったのは、下の階層にはそういった情報を持つ人間が少ないこと、そもそも弱すぎる人間を鍛え上げるようなもの好きはそうはいないこと、そんな理由があるのだと男は語った。

「俺はもう、この階層で限界なんだ。三十五に上がっては三十六に落とされる。その繰り返し。うんざりしてきちまってる。でも、上にあがらなきゃいけないんだ。だから、俺を一緒に連れてってくれ」

「そこまでして上に? どうしてだ? 三十六層でもいい暮らしできてるだろ? それに、俺が上まで行けるとも限らない」

「いいや、あんたは行くよ。俺だってただ自分が楽して上に行こうだなんて思っちゃいない。戦う前から分かってた、あんたの方が強いってことは。そういうの、見る目あるんだ、俺は。自分が戦うより、誰かにアドバイスする方が得意なんだ。頼む、どうしても上に行かなきゃいけねえんだ」

「だから、どうして?」

 セラとしては評議会の任務の遂行上、一人の方が動きやすい。近くに人を置けば、女だということの露見に繋がりかねないという懸念もある。

「……」

 男は下を向いて黙り込んでしまった。少しの間そうしたかと思うと、六つの手をそれぞれ強く握りしめた。

「俺は、見ての通りこの世界の住人じゃない」男が六本の腕を広げて示す。「あんたもそうだったと思うが、最初は下の上の階層から上を目指した。そうだろ?」

「ああ」セラはコゼキの顔を思い浮かべた。

「あんたのことだ、負けずにここまできただろ」

「まあ」

「俺は負けた。卑怯な手を使われてな。それまで勝負は正々堂々するものだと思ってた俺は、そこで心が折れた。そのままずるずると負け続け、気付いたら最下層一歩手前。見下ろせば最下層。そこには地獄が広がっていた」

 出会った当初、コゼキが一番下は醜態だと言っていたことがセラの脳裏に過る。それを見てきたというのだろうか。

「死にそうな奴らが、縄につなげられて、この世のものとは思えない化け物に奴隷のように鞭打たれてた。罪人と弱者が半々くらいだと聞いた」

「! 本当かよ、それ……」

 セラは顔をしかめ、拳を握った。かつて行商人ラィラィに聞いたグゥエンダヴィードのナパスの民を連想したからだ。

「ああ、本当だ。この目で見て、あそこには落ちたくないって思ったんだ。だから、最下層の一歩手前じゃ、みんな必死だった。途方もない数の勝利を重ねて上へ這いあがるために。……けどよ、あるとき、目があっちまったんだ。下に連れていかれる奴と。そいつのその時の目は今でも忘れてない」

 必死な男の目がセラのサファイを見つめる。まるでこの男を通してその目を見せられているようだった。

「それがこの世界のルールっていうのは分かってる。だが! 弱いことが罪でいいはずがないっ! 弱い立場の人たちは守るべき存在だ!……こんなの間違ってる」

「……」

「俺は決めたんだ。上に行って、下の奴らの現状を伝えることを。そして、この世界を変えることを」

 セラは間髪入れずに言う。「分かった」

「ほ、本当か!? ありがとう」

 男は階段へ向かって歩み出した。セラはそれを手で制す。

「あ、待て。コーチはいらない。分かったっていうのは、下がそうなってるってことだ。俺が上行ったら、伝えてみるよ」

「いや、駄目だ!」男が大きく首を横に振る。「この目で見た、俺じゃなきゃ、伝えられないっ! 同行させてくれ」

「大丈夫だって、ちゃんと伝える。改善してくれるようにも言うよ」

「駄目だ!」

 男は引き下がらない。

 セラは頬を掻く。「あー……俺は一人で行きたいんだよ。そういう意味でも力試しっていうかさ」

「連れてってくれるだけでいいんだ。コーチのフリで。実際にあんたにアドバイスはしない。する必要ないだろ、そもそも」

 困り、眉を寄せるセラ。目の前の男からは本気が伝わってくる。連れて行ってあげたいという思いはセラにもあった。しかし、評議会の仕事が優先。さらに言えば、世界のルールを他世界の者が変えるようなことは、望ましいことではないというナパスの教えがある。

 彼がそういう考えを持たず、自身の正義のためにそうしたいというのなら。実際、セラには止める権利はないのだろう。世界という概念を超え、正義を貫くことも一つの考え方だ。

「よし、じゃあこうしよう」

 ふとした思い付きではあったが、セラは提案する。

「俺がまず一人で上まで行く。そしたら、俺は色々自由にできるようにだろ、この世界では。そうなったとき、あんたを迎えに来るよ。そして一緒に上に行こう。どうだ?」

 男は渋い顔を見せる。「……いい考えではあると思うが」

「なんだよ。まだ駄目か? 百歩譲っての案なんだけど。あんたは俺が上まで行けるって思ってるから、連れてってくれって頼んでるんだろ? それともこれまでも色んな人に頼んだのか?」

「いや、頼んだのはあんたが初めてだ。あんたほどの男は最近下から来てないからな」

「じゃあ、逃す手はないだろ? 絶対迎えに来るからさ。信じて待ってろよ」

「……しかし」

「じゃあ、断ろっかな、俺。あーあ、せっかく乗る気になってたんだけどな」

 セラは意地が悪いかとも思ったが、男に背を向け、階段を昇り始めた。

「ああ! 分かった! 待ってる! 必ず、来てくれ! お願いします!」

 頭を下げる男を見て、セラは口角を上げる。

「頭上げろよ。自己紹介だ。名乗ってないだろ、俺たち」

 男が頭を上げるのを待って、セラは名乗る。「俺はセブルス。あんたは?」

「俺はアシェーダ。誇り高き、六つ柱を巡りし僧侶だ」

「ああ、やっぱりキィン・ジィーンの人か」

「俺の故郷を知ってるのか?」

「行ったことはないけどね。知り合いがいいところだって。みんな真面目に修行してるって。じゃ、俺行くよ、アシェーダ。またな」

「ああ、頼んだ。セブルス。男と男の約束だ」

「ぁ、ああ!」

 六つの拳をセラに向けて突き示したアシェーダ。セラは彼が気付かないほどわずかに戸惑いを見せたが、拳を突き返して見せたのだった。

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