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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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306/535

302:勝負前の一杯

 フェリ・グラデムに入って五日。

 セラは人々が中の上と呼ぶあたりの高さにいた。これまでの階層、強さを見せるのは彼女にとって簡単な作業だった。ナパードとオーウィンがないという絶対条件、それに加え、マカをはじめとした特異な技術も使うことがなかった。

 今も優しい感触の階段を昇り、段番を目の前にしていた。

「免状を」

 段番も関所の寝癖だらけの男同様、一つの家の者が任されていて、全員がずっしりとした壁のような体躯だった。

「いかにも。通ってよし」

 免状を確認することだけを仕事とし、それ以外の時はだんまりを決め込む。

 二、三日はその様子に不気味さを覚えていたセラだったが、今では慣れた。無感情に、道を開けた彼の横を通り過ぎて行く。

 無感情といえば、強さを証明することも作業化してきた次第で、飽き飽きしはじめていた。また、同じことの繰り返しかと。

 不意にため息が漏れる。

 男たちの実力も上に行くに従い高くなっていることは感じられる。それでもまだ、彼女の相手になる者は現れない。自分がケン・セイのような、強き者との戦いに楽しさを見出す戦闘狂にでもなってしまうのではと、セラは一抹の不安を覚えた。

 誰かと切磋琢磨し、自分を高めることには喜びを覚える。だが戦いが好きになってしまうのは違う気がする。それが彼女の考え方だった。

 ここらで刺激的なことは起きないものかと、ぼんやりと思いながら人の集まる場所を目指す。

 階層が上がり、人々の暮らしの質も上がっている。身に着けているもの、食べ物、建物、全てがわずかに贅沢味を帯びている。

 それが彼女にわずかながらも癒し与える。一番助かっているのは宿。各部屋に浴室がつきはじめた。下の階層で大浴場しかなく、何日か身体を洗えなかった。それも手伝って意欲が高まっていたともいえるが。

 また溜め息が漏れた。

 雑念だらけのまま歩いていると人の集まる場所に着く。酒場だった。店の前の看板を見ると、宿を兼ねていると分かる。

 セラは小さく手を叩き、雑念を追い払う。止まってなんていられない。


 昼間だというのに賑わう酒場。

 宿と思われる扉が多く並んだ壁の反対側。酒場を挟み正方形の舞台が設えられていた。そこで男二人が戦い、客はそれを肴に酒を楽しんでいるようだ。

「いらっしゃい」

 酒場のカウンターに寄ると店主が声をかけてきた。

「あそこで戦えば、上に行ける?」

 セラは単刀直入に訊いた。すぐに欲しい答えが返ってくる。

「はい、そうです」

「すぐできるか?」

「どうでしょう。だいぶ粘っていますからね」

 店主が舞台に目をやる。セラも倣う。

 舞台には対照的な二人がいた。傷一つない涼しげな顔の男と、顔中を腫らし、痣だらけの男だ。

 痣だらけの男は相手に何度も向かっていき、その度に返り討ちにされていた。

「あの痣だらけの方も先程来られたばかりなんですが、相手がハリテだったのは運が悪い。ハリテはこの階層で一番強いんですよ。上ではやっていけなくて、ここで一番を張ってるというわけです」

「じゃあ、あいつに勝てば確実に上に行けるのか」

「まあ、そうなりますね」

 簡単だな。セラは率直に思った。無傷の男、ハリテが自分より弱い気配の持ち主だということは明らかだった。

 侮っているわけではない。

 痛々しい格下の対戦相手に合わせ、力を抜いているということも分かっている。それでも、これまでの階層と何ら変わらない、刺激のない戦いになるだろうと予想できた。

「自信ありそうですね、お客さん。どうです、まだ粘りそうですから、一杯」

「じゃあ、おすすめを」

「かしこまりました」

 店主は小さく頭を下げると、背後の棚から焼き物の瓶を持ち出してきた。セラの前に小さな杯を置いて、そこに瓶の中身を注ぐ。透き通った酒だった。

「ヨコズナの涙。蒸留酒です」

「ありがとう。いくらだ」

「お代はいただきません。ハリテさんと勝負しようとする方には、無料なんです。ハリテさんの奢りなんですよ。あの方もそうでしたから」

 フラフラになりながらも、未だに挑み続ける痣だらけの男を店主は視線で示した。

「そっか」

 男を横目で見ながら杯を手に取り、口元に運ぶセラ。ふと、手を止める。

「あの人は、これを飲んでから戦ったわけか」

「はい、そうです」

「なるほどな」

「どうかされましたか? まさか、酒に酔ってうまく戦えていないと?」

 笑みを湛えながら肩を竦める店主。セラはその目を見て、肩を竦め返した。

「ま、確かに強い酒っぽいけど、これ。酔うほどの量か? 一杯だろ?」

「はい。あの方にも一杯しかお出ししてません。酒に弱い方だったのでしょうか。それなら、悪いことをしてしまいましたかね、わたくし」

「でも、あのハリテって人がそもそも強いんだろ?」

「はい。酔っていなくても変わりませんかね」

「相当買ってるんだな、ハリテのこと」

「ええ、まあ」

 そのとき、店内が一層騒がしくなった。勝負が終わったようだ。

 セラは杯を一気に呷った。

「うまい。じゃ、戦ってくる」

「ご健闘を祈っています」

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