300:ファン
「お姉ちゃん? 今、あいつ姉ちゃんって言ったか?」
「ああ。てか、それも問題だけどよ、セラお姉ちゃんって言わなかったか」
「言った言った」
「セラってあれか、『碧き舞い花』」
「あのセラか? 評議会の?」
「いや、でも『碧き舞い花』は女だろ? この世界にいるわけない」
「だから、あいつ姉ちゃんって呼んだろ。女だって隠してるんじゃねえか」
「あ、そうか。いや、でもどう見たって男じゃねえか、そこの兄ちゃん」
男たちの視線がセラに刺さる。
数時間で任務失敗。それも、何ひとつ『夜霧』について探れていない。
――違う。
セラは小さく息を吐き、落ち着く。ズィードに剣が落ちていったときより、彼女の鼓動は高鳴っていた。どうにかして切り抜けなければ。まだ、男たちにばれたわけではない。
「何言ってんだよ。俺はセブルスっていうんだ。セラじゃない。あいつ、何か勘違いしてんだよ。ちょっと話してくる。みんなは先に関所行って待っててくれ。……言うこと聞いてくれるよな?」
フェリ・グラデムのルールにのっとり、半ば強引に男たちをこの場から去らせようと考えた発言だった。うまくいくか……。
「まあ、そういことなら。なぁ?」
「ああ。では、関所でお待ちしておりますよ、セブルス様」
うまくいった。男たちはわずかに首を傾げるそぶりを見せながらも、ぞろぞろとまとまって去って行った。
男たちが遠く小さくなるまで見送ると、セラは小さく息を吐き振り返る。ズィードとソクァムは成行きを見守っていてくれた。
二人のもとへ歩み寄る。
「セラお姉ちゃん、だよね?」ズィードが尋ねてくる。
彼の目は無邪気で、ただただ真っ直ぐと彼女のサファイアを覗く。彼を誤魔化すことは出来そうにない。それならと、セラはソクァムも含めて三人で顔を寄せるように促す。
女性の声で小さく言った。「そう。久しぶり、ズィード」
「ぅわっ」と歓喜の声を上げるズィード。
ソクァムは「なにっ!?」と驚嘆した。
そんな二人に対し、セラは唇の前に指を立て静かにするよう示す。
「二人がこの世界の人じゃないから、話すの。だから、絶対内緒にして」
誤魔化すことが出来ないのなら、事情を話し理解してもらう他ない。幸い二人はフェリ・グラデム人ではない。しきたりに従い、ヨコズナ神の前に彼女を差し出すことはしないだろう。
二人が口を閉じて頷くのを見て、話しはじめる。
「さっき言ったように、ここでのわたしはセブルス」二人から顔を離し、低い声で続ける。「評議会の任務で潜入してる。また会えて、ズィードとは色々話したいこともあるけど、今回はお預けだ。それと、ソクァム。君はズィードの友達みたいだし、さっきからの様子を見た限り、話を理解できる頭のよさがあると思う。理解してくれるか?」
「ああ、いや、ええ。恐らくこいつよりずっと」
「なっ」
「なんだよ、そうだろ? お前、分かってないだろ、この人がセブルスさんだってこと」
「は、分かってるし。セラおね、むぐっ……」
ソクァムがズィードの口を抑え込んだ。
「それが分かってないって言ってるんだ。セブルスさんはセブルスさんだ。セラさんじゃない。俺は今まで、セラさんに会ったことないし、お前も再会なんてしてない」
「いや、なに言ってんだよ。今、目のま、んぶっ……」
また口を抑え込まれるズィード。
「すいません、こいつにはちゃんと言って聞かせておきます。俺たちはあたなの迷惑にならないよう、もう少しこの階層に残るので、どうぞ、お仕事頑張ってください」
物分かりが良くて助かった。最初に示していた刺々しさもまったくなくなっている。むしろ、強者を相手にするフェリ・グラデム人のように恭しいくらいだ。
「ありがと、ソクァム」
「はい。……あ、あの」
「ん?」
「駄目だとは分かっているんですが、その……わがままを一つだけ……」
「何?」
「会えて光栄です、セラフィさん。握手……握手だけしてもらっても、いいでしょうか?」
ズィードを解放し、勢いよく頭を下げたソクァム。
「お前だって呼んでるじゃん!」
ソクァムは頭を下げたままズィードに言う。「うるさい、黙ってろ」
「っちぇ。セラお姉ちゃん、握手してあげてよ。ソクァムは『碧き舞い花』のファンなんだ。漂流地に来る前からの。それで、俺が修行しながらお姉ちゃん探すって言ったらついて来た」
「そうなんだ」
辺りに誰もいないのが分かっているセラは優しく女性の声をソクァムに向けた。すると彼が顔を上げる。頬が紅潮しているのが分かる。そんな姿に自然とセラは微笑む。
彼の手を取り。「こんな形でごめんね。ズィードは無鉄砲なところがあるから、支えてあげて」
「あ、ありがとう、ございます」
「しっかり、わたしと会ったからね」
「ぇ?」
「ここで他の誰かに言わないって約束してくれればそれでいいよ。会ってないなんて言わないで」
「は、はいっ! 喜んで!」
セラは彼と手を離す。ソクァムはセラの手の余韻を刻み込むように、握手した手をもう一方の手で包み込んだ。
「じゃ、ここからはセブルス」セラは声を低くする。「間違えるなよ、ズィード」
「あ、う、うん! セブルスお兄ちゃん」
「よし。じゃあ、二人とも頑張って」
「はい」
「うん」
「あ、それとズィード、さっきの戦いで約束果たしたなんて思うなよ。また今度、もっと強くなってからちゃんと。セラとな」
「うん、もちろん! もっと強くなんなきゃって知れてよかった」
やる気に満ちた笑みだ。圧倒的な敗北にめげてはいないようだった。




