298:初対面の再会
遠目から見てもむさ苦しさが伝わってくる。
集まった男たちは人だかりを作っていた。セラとケン・セイの組手のように、二人の人間が戦っているのを観戦しているようで、「やれっ」「そこだ」「すげぇ」「おおっ」などと歓声が上がっていた。
人だかりの男たちのほとんどはコゼキと同程度かわずかに強い気配の持ち主たち。そんな中、戦う二人も含めた数人が飛び抜けた実力者。とはいえ、セラには到底及ばない。単純に気配のみの判断だが。
強さを証明して上にあがるというルールはどの階層でも同じ。ならば、この程度の場所に長居するつもりはない。彼女の目的は上にある。
人だかりの一番後ろの剣と盾を背負った男に声をかけた。「これって参加していいの?」
「ああ、今やってるやつが負けたら、中入ればやれるぞ」
「そっか。ありがと」
セラが人だかりをかき分け中に入っていこうとすると、今の男がまた口を開いた。
「まあでも、やめといた方がいいんじゃねえか?」
「なんで?」足を止め訊くセラ。
「今よ。あの牙と耳の若い奴、もう十二連勝だ、あ、今戦ってんのも含めてな。どうせあいつが勝つんだ。だからよ、あんたもあいつが上行った後に他の奴らと戦った方がいいと思うぜ」
「ふーん、忠告ありがと。でも、問題ないから」
「え?」
男の呆けた素っ頓狂な声は大きな歓声にかき消された。勝負が着いたようだった。
「すっげーぞ、十二連勝だ」
「おいおい、もう上に行ってくれよ」
「誰か、あいつの連勝止めろ」
「じゃあ、お前がやれよ」
「無茶言うなよ。勝てっかよ」
男たちは暢気の笑いあっている。この人だかりの中でどれだけの者が上を本気で目指しているのだろうかと、セラは疑問に思いつつ抜け出した。
「次、俺やるよ。ぇ!」
視界が開け、目に入ってきた少年と青年の狭間といった姿の男にセラは思わず声を漏らした。
窺うような視線で捉えるは、大きな牙とフサフサの垂れた耳。フェリ・グラデムを訪れる前に思い出していたことも手伝って、驚きは増していた。
「ズィー……ド」
そこにいたのは紛れもなくズィードだった。歳月が成長させた身体つきは以前より男らしくなっているが、面影は彼女の記憶にある少年のもの。いまだ青年と呼ぶには早い容姿ということもあって、記憶との合致に時間はかからなかった。
セラの知る声より低い声が返ってくる。「え? なんで俺の名前?」
「なんだ、ズィード。知り合いか?」
ズィードの知り合いだろうか。人だかりの最前列から彼に問い掛けるのは、背に羽を持った四角い瞳孔を持つ男だった。こちらは青年と呼べる年齢だろう。
「さあ?」ズィードは男に首を傾げてから、セラを見る。「お兄さん、どこかで会ったことある?」
変装がうまくいっているということではあるが、セラは少し気を落とした。
「……。いや、はじめましてだ。名前はさっき聞いたんだ」
「なんだ、そっか。だってよ、ソクァム」
振り返って言うズィード。知り合いの男はソクァムというらしい。
「俺たちどこかで名乗ったか、ここに来てから」
「え? ああ、そういえば誰にも自己紹介してなかったけか?」
「君たちが話してるときに聞いたんだよ。二人は互いに名前で呼び合ってるだろ。今みたいにさ」
「ああ、それもそっか」
「少し疑わしいな……そもそもあなたの見た目なら一度見れば覚えているものだと思うが、記憶にないな」
ソクァムは腕を組み、思案顔になる。なかなかに頭が回るらしい。それに比べてズィードは納得している様子だ。
そんな折、人だかりから声が投げ込まれた。
「おい、戦わねえのか?」
「早くしろぉ」
「やらねえなら帰るぞ」
「あ、待った待った。戦うよ。な、お兄さん」
「あ、ああ」
助かった。セラはそっと胸を撫で下ろす。今の声でソクァムも思案をやめたようだった。




