292:闘気
二人は共に駿馬で駆け出した。
セラは小さく跳躍し、脚を振り上げる。駿馬の勢いを殺さず、その足を振り下ろす。
反対にケン・セイは身を沈めながら、床を鳴らして滑る。水馬だ。それから伸びるように、隻腕から掌底を打ち上げる。
足と手が強く打ち合った。
きゅいぃぃぃぃぃぃ……――。
ケン・セイは床に跡の残しながら後ろに滑り、セラは弾かれるように宙を舞った。
キュッ。スタッ。
二人は同時に動きを止め、体勢を立て直した。すぐさま次の動きだ。
セラは衝撃波のマカ。ケン・セイは……。
彼女の放った衝撃波の到達点に師範の姿はすでにない。気配は頭上、セラは見失うことなく彼の行く先を追えていた。だからこそ、すぐに防御の姿勢を取った。
上からケン・セイの蹴りが降ってきた。天馬で急転回し勢いづいた蹴りは重たい。頭上で手を合わせ受け止めたが、膝を着かされてしまった。
だがそのまま追撃を許す彼女ではない、受け止めていた手から衝撃波を放つことで彼を押し返し、反対に追撃として宙を舞うケン・セイに炎に変えた魔素を放った。
火傷の予想される炎を普段ならば組手で放つことはないが、ケン・セイ相手ならば大丈夫だろうという安心が彼女にはあった。この際、ナパードとオーウィンがない状態での本意気を模索するのもいいだろう、という考えもあった。
訓練場からは歓声に似たどよめきが上がった。その中には魔闘士ラスドールの声もあった。「魔素の性質も変えられたのか、あいつ」
ばうっと炎に包まれるケン・セイ。だがそれもわずかな瞬間だけ、彼は纏いつく炎を掻き消した。簡易な気魂法だった。
着地したケン・セイには火傷一つない。すぐさま火を払ったからというだけではない。なんせ衣服すら無傷なのだから。そうなるであろうと最初から考えて炎を放ったセラではあったが、改めて彼の強さを実感する。
「わたしもそこまでの闘気張れるようになる?」
闘気。闘気術。
それはセラが生まれるよりも昔、異空を渡り、徒手空拳を極めた男が生み出した技術。あらゆる世界の戦い方を研究し、それぞれに共通するものを抽出、洗練したものだ。
その要素は三つ。鎮静、静止、放出。
気配を消す術、怪我を防ぐ術、力を迸らせる術だ。
評議でゼィロスが言っていた、セラが学んだ気配を消す術とはこの闘気の鎮静技術のこと。今ケン・セイが火傷はおろか衣服までもを炎から守ったのは、気膜と呼ばれる目には見えない極々薄い膜を、衣服を含めて体中に張り巡らせていたからだ。これが闘気を体表に留めておく静止の技術。
そしてセラが気配を消す技術だけしか使えないわけはなく、彼女も気膜を身体に張っている。それも常時、無意識にだ。
彼女がホワッグマーラでの液状人間との戦いで鎧のマカを使わなかったのも、気膜を張っていたから。鎧のマカよりも傷の和らげや痛みの軽減は弱いものの、慣れにより無意識に張り続けられる気膜。マカとは違い戦闘中に常に意識を取られることはない。
「まだまだ。鍛錬必須」
ケン・セイは楽しそうに口の端を上げた。
「そう、だよね」
わずかに苦笑いを混ぜ込んだ楽し気な笑みを、セラは返した。
意識や使用する人物により、闘気にも強弱が出る。
多くの戦士より闘気を使いこなしている自信があるセラではあったが、彼から見れば未熟なことも分かっている。どれほど力をつけても、賢者の背中はまだまだ遠く。
ナパードで背後を取れることをいつまでも誇りに思っていては駄目。せめて火傷一つでも負わせることが出来る様にならないと。セラは再開された激しい攻防の中、思うのだった。




