289:評議、終わる
「セラが情報収集は充分だと考え、即刻『夜霧』を追い出すべきだと判断した場合。もしくは、セラの潜入が『夜霧』にばれるか、フェリ・グラデムの住人に女だとばれた場合。そのどちらかの場合、番狂わせを起こし奴らを撤退させる」
「『異空の賢者』よ。その番狂わせなるものは『夜霧』を退かせるほどのものぞ?」
質問したのは超感覚のヌォンテェだ。
「俺はそう考えているが、実際はセラが調べ、判断するまでは分からん。だが、番狂わせとはあの世界にいる男たちの力を反転させる事象。強き者から弱き者へ力が流れる。コクスーリャ・ベンギャをはじめ、『夜霧』のものどもがフェリ・グラデムをしきたりに則り統治しているのなら、有効な一手となる」
「奴らが住人に比べ弱かったら、どうする?」とンベリカだ。「まさかそれでも彼女一人に戦わせるとは言わんだろ?」
「当たり前だ。そのときはセラの帰還後、男のみの隊を作りフェリ・グラデム解放作戦を執り行う。まあ、この場合、セラの潜入作戦の成功が絶対条件だがな」
黄緑色の瞳がサファイを見る。
「いいか、セラ、あくまでも密偵が本分だ。今の作戦は今にでも『夜霧』を追い出さなければならないと判断した場合を除き、基本は緊急事態のときのみだぞ」
「分かってる。ばれずに帰ってくることを一番に考えるよ」
「よかぁ」テングがにんまりと笑った。「わしは納得じゃ。セラならば一任しても問題あるまい。ズイプでは不安だがな。あはははははは」
「他の者は、どうだ?」とゼィロスは部屋を見回す。
そこで手が上がった。メルディンだ。
「メルディン、なんだ。人選の変更はないぞ」
「それ~はもう分かっています~よ。です~が、わたくし疑問があり~ます」
「なんだ、訊こう」
「番狂わせ~は、どう起こるのでしょ~う? 世界が起こ~す事象。今までの話を聞いている~と、入っただけで~は起きないようです~が」
「ああ。もちろん秘密裏に女性が入っても番狂わせは起きない。だが、あまり広めるのはフェリ・グラデムの住人にとって嬉しいことではないだろう。悪いが、セラにしか話さないつもりだ」
「……」
ゼィロスの返答を聞いた指揮者は黙って肩を竦め、ゼィロスから視線を外した。
「悪いな」
その後、他の賢者何人かがそれぞれの進捗状況報告し、ゼィロスの絞めの挨拶で評議は終わった。
参加者たちが散り散りに部屋を出ていく中、ゼィロスがセラに言う。
「後でお前の部屋に行く。今はヒュエリとユフォンを居住区へ案内してくれ。どの家屋でも、好きなところに入ってもらえ」
「分かった」
セラはそれだけ返事をしてホワッグマーラの二人のもとへ歩み寄っていったのだった。
二人はすでに一人の男に声を掛けられていた。肩口まである髪は毛先が遊び放題。自信に満ちた目は常に大きく見開かれている。
彼はジュンバーなる男で、評議会に関する記録を残すことや、賢者評議会内で主に第三位第四位向けに広報活動をする役割を担っている。ついでに書けば、前述の中書きで紹介した『英雄の集い ー賢者評議会の栄光ー』なる駄作を書いた男でもある。
そんな彼がホワッグマーラの二人に声をかける理由は簡単に想像がつく。セラは二人と彼の間に割って入った。
「取材ならあとにして、ジュンバー。二人はまだ来たばっかりなんだから」
「そんなこと言うなよぉ、セラ。俺だって仕事なんだぜぇ?」
飄々としてセラと肩を組もうとしてくる彼を、セラは迷惑に思い払い除ける。
「第二位までの会議に参加できるだけで感謝しなきゃ駄目よ」
「つってもよぉ? 後で賢者様たちの高閲を賜るんだぜぇ。まぁ? 他の第三位の奴らより多く報奨貰ってから、いいんだ、け、ど。けどけどぉ? 俺、興味あんだ、ホワッグマーラ……」
ジュンバーはわざとらしくためを作り、ユフォンのことをピシッと指差した。
「その筆師に」
「僕?」
「あ、いや勘違いしないでくれ。君ってわけじゃない。筆師全般ってこと……いやぁ、違うなぁ、異空に対して書籍を出してる筆師、かな。正確に言うと。ところで、君? 確かユンフォだっけ?」
「いや、ユフォンですけど」
「ああ、ごめんごめん。で、ユンフォ、君さぁ、君の本ってさぁ? 外の世界でも読めるのある?」
「ないですけど。僕はまだホワッグマーラで少しだけですから」
「あー、そっか。どぉーりで名前知らなかったわけだよぉ。まあ、頑張ってくれよ、後輩。なんなら、俺が色々教えてやろうか? 俺、すでに一冊、異空向けに出してんだよ」
「ははっ、それはすごい。今度読ませてくださいよ」
「お、いいねぇ。いいよ、いいよ。今度読ませてあげる。じゃあ、また今度な、後輩。あと、魔導賢者様も、あとで取材行きますんで、よろしくお願いすまぁっす」
なんとも機嫌よく去って行くジュンバー。毛先たちが跳ね回る。
「ごめんね、ユフォン。あの人、自慢したがるの。今は大丈夫だけど、いつか評議で話し合われた機密事項を口外しちゃうんじゃないかって、伯父さんたちも不安がってって」
「……そうなんだ。でも、僕のことは事実だしね、気は悪くしてないよ、ははっ」ユフォンは苦笑ぎみに微笑んだ。次いで首を傾げる。「それで、君も用があったんじゃないのかい?」
「うん。二人を居住区まで案内するようにって、ゼィロス伯父さんが」
「そっか。じゃあ、行きましょうヒュエリさん」
「はい。その間に評議会のこと教えてください」
「僕も知りたいな」
こうして居住区への道中、セラは二人に評議会での決まり事をはじめとしたあれやこれやを話したのだった。




