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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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281:モノノフと燕尾服と双子

「広っ! 多っ!」

 訓練場に入るや否や、ラスドールがなんとも簡潔な感想を口にした。

 人数が増えた評議会の主な構成員は集った戦士たちだ。賢者や非戦闘員の数を足しても半数に及ばない戦士たち。その全員が一つの訓練場を使う。

 もちろん全員一斉にということではないが、それでも四年前に比べれば明らかに人が増えている。それでもラスドールが最初に広さに言及したことから分かるように、人数が増えたにもかかわらず、訓練場はまだまだ人を飲み込める空間を残していた。

「大会の時のマグリアに比べれば少ない方でしょ」

「た、確かにな」

「セラ殿! お帰りになられましたか」

 ラスドールが頷いていると、セラのもとに気魂法を用いるモノノフ、マツノシンが盛大な声を上げて近付いてきた。兜を取り、汗の光る額をタオルで拭う。

「ただいま。調子はどう?」

「今、四十六人抜きを成し遂げたところです。セラ殿にはまだまだ敵わぬでござるが、それがしも次の出陣に参加が決まったのでな、張り切っている所存ですよ」

「それはいいことだと思うけど、無理してその時に動けない、なんてことがないようにちゃんと休むんだよ? わたしが言うのもなんだけど、ただでさえ気魂法は疲れるんだから」

「承知してますとも。して、その方は?」

 マツノシンは彼女の隣でいまだ室内を見回している魔闘士に目を向けた。

「新しい仲間。ラスドール。ブレグさんの世界の人だよ」言ってセラはラスドールに視線を向ける。「そしてこっちがマツノ――」

「なんと! 軍神様のっ! そ、それがし、マツノシンと申す!」セラが紹介する前にマツノシンは膝をついてラスドールを見上げ、自身で名乗った。「恐れながらも、後に手合せ願いたい!」

 きれいな土下座を見せる明らかに自分よりも年上の男に、ラスドールは面を食らっていた。

「お、おう。よろしく頼む」

「ありがたやぁ~」

「モノノフの世界でブレグさんは神様なの。だから、モノノフたちはマカを使える人を敬うの。少しずつ慣れて」

「ああ。気分は悪くねえけど、気が引き締まるな、神様って」

「神様なのはブレグさんだけどね」

「……そうだな」セラの言葉に一瞬顔を引きつらせたラスドール。それをごまかすように屈み、マツノシンの顔を上げさせる。「俺の方こそ、頼む」

 ラスドールが手を差し出し、二人は握手を交わしながら立ち上がった。

「それじゃ、それがしはこれで」マツノシンは二人に会釈した。「次はピョウウォル殿と手合せです」

「ピョウウォルか……もう少し休んだ方がいいんじゃない?」

「いいえ、それがしは連勝記録を打ち立てたいわけではないので。目的は長く戦える体力をつけること故」

「そっか。じゃあ頑張って」

「では。ラスドール殿も後ほど」

「おう」

 兜を脇に抱え、小走りに去って行くモノノフ。その背を途中まで見送り、セラは魔闘士に話し掛ける。

「わたしたちも行こうか。ゼィロス伯父さんはこっちだよ」

 多くの人がいる訓練場では超感覚より気読術の方が特定の人物を探しやすい。彼女はゼィロスの気配に向けてラスドールと共に歩きだした。


「「セラ」」

 ゼィロスまでの道中、彼女はきれいに重なった声に呼び止められた。赤髪の短髪と青髪の長髪。ノーラとシーラの双子だ。四年の月日を経て、少女から大人への移り変わりがもうじき終わるであろう二人は、困り顔でセラを見ていた。

 そんな二人とともにいるのは燕尾服の青年。

 瞳孔に五線を走らせるその目にセラを映すと、すっと顔を背けたその男はキノセだ。

「ノーラ、シーラ。どうしたの?」双子の呼びかけに足を止めるセラ。首を傾げながらキノセにも声をかける。「それにキノセも」

「っち。俺はついでかよ。偉ぶるなよ、ジルェアス」

 キノセは明後日の方向を向きながら悪態を吐く。その態度にセラの横でラスドールがわずかに眉をひそめた。彼にとってはわずかでも、人によっては恐怖を感じかねない顔だ。だからそれを見ていたノーラ=シーラは二つの身体を寄せ、小さく「ひっ」と声を上げて互いの肩を抱いていた。

「別に偉ぶってなんかないでしょ。それにこの前、セラって呼んだのに、なんでファミリーネームで呼ぶの?」

 そんなことはお構いなしと、セラはキノセに言い返す。

「っは、お前を俺をワルキューの姓で呼べばいいだろ。それとも、二つ名で呼ぶか? 俺に二つ名があればなっ」

「キノセの方こそ拗ねてんじゃないの? いつまで引きずってんのよ」

「う、うるさいっ! いつか見てろよ、ジルェアス。泣かしてやるぅっ!」

 啖呵を切りながら足早に去って行くキノセ。四年前より伸びた、所々が黒い白髪は後ろで編まれていて、彼の歩調に合わせて揺れる。

 そんな彼の背を見ながらセラは呟く。「泣いたのはそっちじゃん」


 割愛した四年、その終わりに近い頃、二人の友人(・・)としての距離が縮まった出来事があったのだが、それはまた別の機会に。ははっ。


「それで、どうしたの?」

 セラは双子に改めて訊く。

「実はわたし、もうすぐ初めて『夜霧』との戦いに行くの。それが不安で、何度か奴らと戦ったことのあるキノセに相談したの」青髪のシーラが喋り出し、赤髪のノーラが継ぐ。「もちろん、自分の世界では他の世界から攻めてきた人たちと戦争したことあるけど。『夜霧』って危ないんでしょ? キノセはそう言ってた。それとも、大袈裟に言ってる?」

 セラはしばし考え、口を開く。

「確かに奴らは恐ろしいくらいに強い。キノセは嘘を言ってないよ。余計に不安にさせちゃうかもしれないけど、こればっかりは隠したってしょうがないもの。むしろ、ちゃんと敵の恐ろしさ知ってるってことはいいと思う。無理しないで、危ないと思ったら逃げて。けど、自信を持って。二人は強いんだから」

「……」

 シーラとノーラは互いに見つめ合う。バルカスラという世界の人物の特性上、どちらも同一人物

。その姿はまさに自分と向き合って考え込んでいるといった様子だった。

 しばらくして、二つの口から声が重なり出る。

「ありがとう。セラ。やっぱり、キノセよりセラね」二人はセラに抱き付いた。「ちょうどよく帰って来てくれてありがとう。今度はわたしが帰ってくるから、こうしてハグしてね」

「うん、分かった」

 セラは赤と青の髪に自分の顔を挟むようにして、二人をキュッと抱き込んだ。

「ちゃんと帰って来てね」

 モノノフと双子。

 戦地へ赴く心持ちは対照的と言えた。

 もちろんマツノシンが心内では不安に苛まれていて、それを掻き消すために何人もの相手と組手をしているのかもしれない。

 反対にノーラ=シーラはさして不安を感じていないが、未だ少女の影を残している自分たちはそう振舞うべきだろうと考えているのかもしれない。

 マツノシンはともかく、セラが双子に関してそう思わざるを得ないのにはわけがる。「ありがとう」と言ってにこやかに去って行った二人。その背を見るセラの目は少々鋭くなる。

『唯一の双子』。

 二つ名とまではいわずとも、評議会の中で彼女はそう呼ばれることがある。

 セラは四年の旅の中で友である双子の故郷、バルカスラに訪れようとしたことがあった。しかし、バルカスラには跳べず、すでに存在しない世界なのだとカッパ・カパ・カッパーから教えられたのだ。

 セラが評議会に参加する前の話だが、消滅に向かう世界でただ二人、ノーラとシーラが残っていたところを助け、評議会に連れてきた、そうカッパは語った。バルカスラ唯一の生き残り。だから『唯一の双子』なわけだ。

 セラも唯一の生き残りとは違うが、似たような境遇であったことにより親近感を強めたのだが、カッパの話には続きがあった。

 そこがセラが視線を鋭くする理由だ。

 バルカスラを消滅へと追いやったのは、あの双子だという事実。

『敵、殺した。友達、殺した。お母さん、殺した。お父さん、殺した。ノーラもシーラも。みんな、殺した。リーラを独りにするからいけないのよ』

 助け出されたノーラ=シーラが、意識を失う前に二つの口で語ったこと。

 リーラ。

 賢者たちは双子は三つ子だったのだと結論付け、戦争で死んでしまったリーラが狂暴な別の人格としてノーラ=シーラの中にいるのだと考えた。そう考え至ったのはもちろん、賢者たちがバルカスラ人にそういった前例があったことを知っていたからだ。

 しかし、その後目覚めた双子はリーラの名を口にすることもなく、自身たちもノーラとシーラと名乗っている。リーラはその片鱗すら見せていない。

 リーラが二人の口を使って語ったことが本当なら、元の人格ノーラ=シーラ死んでいるということになり、リーラがノーラ=シーラを演じているということだ。だとすればノーラ=シーラを振舞う目的は?

 双子がノーラ=シーラなのか、リーラなのか。

 リーラが故意に意識下に出てきていないのなら、不意に顔を見せることがあるかもしれない。そうなったとき、その凶暴な人格が多くの血を見せるようなことになるのではないか、そう考えるとセラの表情は険しくなる。

「おい、恐い顔してどうした」

 厳つい顔がセラを除いたことで、彼女は思考を止めた。

「ラスドールに言われたくない。さ、行こう」

「さっきのキノセって奴じゃねえけど、泣かすぞ、セラ」

「そういうのはキノセくらい力をつけてから言って」

「っけ、あんなほそっちいやつでも俺以上ってか、世界広ぇ」

 下唇を突き出し、ラスドールはセラについてきたのだった。

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