277:魔素タンク
マグリア復興活動本部。
「ほんとにわたし、行っていいんでしょうか?」
急ごしらではあるもののレンガで作られたその建物の前で、ローブを纏った本来の大きさのヒュエリはマ・ダレ親子に申し訳なさそうにしている。
「何度言わせるんだ、ヒュエリちゃん。昨日は納得しただろ」
ブレグは呆れ、溜め息交じりに言った。セラとの戦いで傷ついた身体はすでに万全に近い状態で、心配はなさそうだ。
「そうだよ。それにセラちゃんの頼みなんだよ? 断るの?」と半ば意地悪な表情をするジュメニ。
「それは……そうですけどぉ~……」
司書は眉根を下げ、煮え切らない。
そんな彼女の様子を少し離れたところからユフォンと共に見るセラは呟く。
「ヒュエリさんに無理させちゃってるかな」
「ははっ、セラは心配しなくていいよ。隊長とジュメニさんを前にして揺らいではいるけど、昨日の夜は研究のヒントになる情報が手に入るかもって、はしゃいでたくらいだから」
「それはわたしも知ってるけど……」
「ヒュエリは今回、液状人間の方でしっかり働いたんだから」とジュメニ。「こっからはわたしたちに任せなって」
「で、でも、禁書の管理を――」
「君は自分の部下を信頼していないのか? ヒュエリ司書」
ブレグが疑念と叱責の目で司書を覗き込んだ。それは組織を治める立場にある者としてのものだろう。警邏隊隊長として、魔導書館司書に向けた眼差し。
「いえ」ヒュエリは今までの弱々しい顔をスッパリと切り捨て、はっきりと口にする。「テイヤス・ローズン司書補佐官は最高の部下です」
「そうだ。なら彼女に任せなさい。それにドードもジェルマド・カフ老人に気に入られてるらしいじゃないか」
「なにより、フェズくんのマカで閉じ込めてるんだよ?」ジュメニはセラたちとはまた別の場所にいるズィーとフェズを見る。「出て来れるわけないじゃん。安心しなよ」
三人が話しているのはヌーミャルのことだ。
ガラス玉に閉じ込められた液状人間は、そのうえでジェルマド・カフの禁書『副次的世界の想像と創造』に幽閉された。帝たちの会議で決まったことだ。
「それでも、慢心はいけないよ、ジュメニ」
「そうだぞ、ジュメニ。慢心は大きな隙だ」
「っえ、なんでわたしが責めらんの? ちがくない?」
「うふふっ」
「はははっ」
「っもう、ふふ」
三人は笑い合い、自然と抱擁を交わした。どうやら話は済んだようだった。
「ね、大丈夫だっただろ」
「そうだね」
ユフォンに微笑みを返すセラ。そこでふと目に入ったものに話題を変える。
「ところでさ、それ、なんなの?」
「これかい?」
言われて、ユフォンは腰のベルト、その左右にそれぞれ五本ずつつけられた、小指ほどの大きさの容器を一つ手に取った。
「これは魔素タンクさ。ヒュエリさんもフェズも持ってるだろ」
「うん。だから気になってたんだ。みんなして何もってるんだろうって」
「セラは身体の中で魔素を作れるよね」
「うん、そうだけど。それは異界人だから……あ、そっか。ホワッグマーラの人は空気中の魔素を肺から吸収してるんだよね」
「そう。それで、魔素は異世界にはない。魔素がないとマカが使えない。だからマカを使うために魔素を持っていくだよ、タンクに入れてね」
「マカを使う本家が外の世界じゃ好き勝手に使えないってのも、皮肉だよな」
ズィーがフェズを連れて二人のもとへ来た。
「いや、違うよズィプ。これ一本、普通のマカなら二ヵ月は持つんだ。ちょっとした異空旅行なら結構使い放題だよ」
「今回はちょっとした旅行じゃないけどな」
何食わぬ顔でフェズにそう言われ、ユフォンは顔を歪めた。
「それに、ユフォンくん。異世界でも魔素が存在している場所もあるんですよ。嘘は駄目です」
ダレ親子のもとから来たヒュエリが弟子に得意気に言ってのけた。それで筆師の顔がより一層歪んだことは言うまでもない。




