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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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279/535

275:手は閉じ、お開き。

 フェズルシィとユフォンが魔導書館の屋根の上に現れた。

 それに最初に反応したのはズィーだった。セラはヌーミャルから目を離さない。

「フェズ!? お前、あの場所の守りは?」

「暇だから出てきた」

「クラスタスとの約そ――。おい、ユフォン」

「ははっ。大丈夫、ノルウェインが起きたから来たんだ。まあ、起き抜けで大丈夫かなぁ、って感じではあったけど……そこは冷静な彼だから、何とかね。それに他の魔闘士もいたしね」

「……そっか。まあ、この際なんでもいいか。とにかく、助かったぜ、フェズ。セラもフェズが来たの知って大丈夫って言ったんだな」

「うん。そう」

 彼女がヌーミャルの攻撃を耐えている最中に項垂れたのは、自分の至らなさのためではなかったのだ。あの時、マグリアの果てに巨大な魔素の塊を感じていた。感じ間違えるのが難しいほどあからさまな、フェズの気配を。

「しかし、雨を止めるって、もう天才の域、超えてねえか、フェズ」

「そうか? 普通できるだろ?」

「……」

「ははっ。ずっとあの場所で修業してたからね、フェズは。さっきのも太古の法だよ」

「もう、俺一生勝てねえかも」

「それはそうだろ」

「いや、やっぱ勝つ。何が何でも勝つ。次の大会覚悟しとけよ?」

「ふ、いいね。じゃあ、俺が勝ったら外の世界に連れてけよ、今度こそ」

「あ、そのことだけどよ」

「なんだ? いやだとは言わせないぞ」

「いや、そうじゃなくて。そんな賭けみたいなことしなくても、俺たちさ、フェズたちを誘いに来たんだよ。賢者評議会に」

「あ、それ僕もセラから聞いたよ」とユフォン。「ね、セラ」

 と、ここまでのやり取りの間、蚊帳の外のセラと液状人間はただただ視線をぶつけ合っていた。どうにも戦いが終わったような雰囲気に、敵であるヌーミャルですら声一つ上げなかった。

 だがセラへの呼びかけを機に、怒りの声を上げる。

「お前らぁ……! 何を勝った気でいるっ! 雨を止めた? それがぁ? それがどうした!」

「ぁ、そういや終わってなかった……」バツの悪そうな顔でヌーミャル、セラと順に目を向けるズィー。「フェズが来て終わったって感じだったし……なんか、そのぉ……わりぃ」

「ぐぅぅ、馬鹿に……するなぁああああ!」

 怒りに震える液状人間が腕を振り上げた。すると。さっきまで雨として降り、未だ濁流に加わっていない水たちが一斉に玉となって浮かび上がった。

「うるさい奴だなぁ」

 フェズは迷惑そうに顔を歪め、軽く手を振り下ろした。かと思うと水たちは地面に落ちるでもなく、その場で水泡と帰す。圧倒的な力にそれぞれが弾けたようで、軽快な音楽がぱぱんぱぱん。ホワッグマーラを祝福するみたいに、酒瓶の栓が次々と抜かれていくかのようだった。

「な、に……」

 ヌーミャルはびちゃんと膝を落とした。人の形を保つのも覚束ないほどに脱力していた。

 その落胆ぶりにはセラは憐みの表情すら向けていた。敵ながらかわいそうだと思ってしまっていた。その感情を助長させるのは天才の行動だ。

 フェズはクリアブルーの瞳を輝かせ、ズィーに詰め寄ってくる。ヌーミャルなど眼中になかった。

 あまりの勢いに、ズィーに支えられているセラはさっきから何度か倒れそうになるが、そんな彼女をズィーはしっかりと腕を回して支え続けていた。

「で、さっきの話本当か? 俺は外の世界に行けるのか?」

「あ、ああ、あとで話そうぜ、今はこの場をちゃんと終わらせないと」

 さっきまで戦いが終わったと感じていたズィーも、敵に申し訳なさそうな苦笑を見せた。

「そ、そうだね、ははっ。君だけを誘に来たわけじゃないわけだし、二人は……ね?」

 筆師は乾いた笑みを浮かべながら渡界人二人に代わる代わる視線を向け、同意を求めた。それに対しセラもズィーも無言で数回頷いた。

「……はぁー」フェズは長い溜息を吐いた。すると鋭い視線で戦意の失せたヌーミャル見て、その手を彼に向けて伸ばした。「殺せばいいのか?」

 彼にとっては自身の邪魔となっているヌーミャル。そんな相手に向けられた言葉にはまったくもって温度がなかった。非情、無情の限りだ。

「ちょっと!」本気で殺しかねない彼を、ユフォンが肩を強く掴んで止めた。「いくら君が功労者だからって、そこまでしちゃいけない。ホワッグマーラが機能を取り戻して、各都市の帝たちが会議を開く。そこで、彼の処遇を決めるんだ。いいかい?」

 フェズは顔の中心をヒクつかせた。「捕えればいいんだろ、まったく」

 納得こそいっていないようだったが、彼はヌーミャルに向けていた手をゆっくりと閉じていく。その動きに合わせ、ヌーミャルの身体が丸くなっていく。

 自身のことだというのにさっきからまったく無関心だった液状人間は、何ひとつ抵抗する素振りも見せず、ただただ外からの力に身を委ねていた。放心状態。何もかもが無意味に感じてしまっているのだろうとセラはその心中を(おもんぱか)った。

 フェズの手が閉じ切ると、ヌーミャルは手の平に納まるほどのガラス玉に姿を変えていた。

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