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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
27/535

25:痛みの中で

「まず最初に、これだけは言っておきますね。異世界人のセラちゃんにこの世界の人間のような特殊なマカや強力なマカは基本的に使えません。なんといってもマカを使うのに必要な魔素を、外から取り入れる器官がないですから。大量の魔素を使うマカは使えないのです」

「じゃあ、セラはどうやってマカを? 僕たちのように魔素を取り入れられないならマカなんて使えないじゃないか」

「焦っちゃ駄目ですよ、ユフォンくん」口を挟んだユフォンを優しく諌めるヒュエリ。「体内でつくるんですよ」

「つくる?」

「はい。魔素というのは気体に含まれている物質です。この世界の人は呼吸の時に酸素と共に魔素を体内に吸収しています。学院を出ているなら知ってますよね?」

 確認するように尋ねるヒュエリにユフォンは「もちろん」と頷く。それを見てヒュエリは続ける。

「異界の人間は肺胞の機能が我々と違うので魔素を取り入れられない」

 ヒュエリはセラの胸元に目を向ける。そして、その視線を胸元から下に動かしていき、下腹部、ちょうどへその下あたりで止めた。

「物質である以上魔素も生成することができます。臍下丹田せいかたんでん。おへその下あたりですね。感覚は分かりませんが、異界の人はそこでマカを作り出すのですよ」

「臍下丹田……」セラは自分の下腹部に手を当てて呟く。

「まず、わたしがセラちゃんの丹田に魔素を流し込みます。それで、魔素というものの感覚、魔素が溜まる感覚を掴んでください。わたし自身異世界人にマカを教えるのは初めてなので少し前例を調べたところ、異世界人がマカを学ぶときは必ず最初にこうするんだそうです。魔素の感覚を掴んでから本格的にマカの練習です。いいですか、セラちゃん?」

「ええ、お願いします」

「あ、ユフォンくんはですね、まずはどれ程マカを使えるのか知りたいのであとで、使える最大のマカを見せてください」

「よし、じゃあ、ちょっと向こうで集中してきますよ」

 ユフォンはセラとヒュエリから離れて部屋の端に座り込んだ。

「さ、セラちゃん。準備はいいですか」ヒュエリは片手を示すように顔の辺りまで上げた。その手は淡く輝いている。「文献によると、異界人のマカ習得はここが一番の山場みたいです」

「え? それって、どういっ――」

 セラの言葉を最後まで聞かずにヒュエリはセラの下腹部に手を添えた。セラはそこで意識を失った。そして、次の瞬間には意識を取り戻した。

「ああぁあ゛ああぁ――!!!」

 意識を取り戻したセラは司書室をびりびりと震わす大きな叫びをあげ、また気絶した。

 それの繰り返しだった。激痛に気を失うが、その激痛で意識が戻ってきてしまうのだ。そのうち、セラフィは床に両膝を付いた。ヒュエリは申し訳なさそうな顔で涙を浮かべるが丹田から手を離そうとはしない。

「セラちゃん……魔素、を感じて、くださいっ……!」

 そのうち、セラは上体を支えられなくなり後ろに倒れそうになった。それを支えたのはユフォンだった。激痛に体を痙攣させる彼女を後ろから包むように抱きしめる。

「がぁああ゛ぁっ――!!!」

 セラの端正な顔は歪み、瞳からの涙と口からの唾液がその顔を濡らす。痛みから逃れようと足を床の上で滑らせ、ブーツと床が擦れて甲高い締まった音を無造作に響かせる。

「だいじょぶなんですか、これっ!」ユフォンはセラを抱きしめながら、ヒュエリを軽く睨むように見た。「……ぁ」

 だが、ヒュエリの涙でぐじょぐじょになった顔を見て息を呑んだ。

「だい、ひっくじょぉぶ、ですよぉ~……」ヒュエリは嗚咽交じりに彼に応えた。「セラちゅぁん、うぉ、しん、ぁわぁ~ん、じてくだしゃい」

「ぅぐぁあああぁあああっ、っがあがあああ――!!!」

「セラっ! セラっ! セラっ!」

 ユフォンは苦しむセラの耳元で祈るように彼女の名を呼び続けるのだった。彼女をただただ信じて。


 セラは出入りを繰り返す意識の中で体の所々に暖かさを感じていた。

 ヒュエリに魔素を流し込まれている下腹部はもちろんだったが、他にも背中から首回りにかけてと耳元が、下腹部の熱さという概念の暖かさとは違う、優しい、気持ちが安らぐ暖かさに包まれていた。

 下腹部の激痛を和らげてくれているような気がする。

 意識が戻ったおり、ユフォンに抱かれているということに気が付いた。彼はセラの耳元で必死に祈っていた。ヒュエリも泣きじゃくり、まさに泣く泣くセラの下腹部に手を当てているようだ。

 だんだんと意識を失わなくなってきた。痛みに慣れたというよりは感じる痛みが弱くなって来たからだ。意識を失わなくなってくると、色んな事が分かってきた。今、自分の顔がとてもみっともないことになっている。故郷が焼かれたとき、クァイ・バルでの変態術習得とはまた違った意味でみっともない。

「セラっ! セラっ! セラっ!」

 耳元で響くユフォンの声は少し震えていた。セラはうるさく感じて口元を緩めた。完全に痛みが和らぎ、魔素というものがどんなものか体が覚えた今、自分を支え、信じてくれた二人の存在を大袈裟だと思ったのだ。

「……うるさいよ、ユフォン」

「セラっ!」

「せらちゅぁん!」

 ユフォンの上から小さなヒュエリがセラを抱き、頬を寄せる。二人は互いの顔を互いの涙などで濡らし合った。

「あはは、二人とも大袈裟。わたしは大丈夫だよ」

「そう、でずぅか……?」

 ヒュエリはセラから離れて心配そうにその顔を覗き込む。

「ユフォンも、ありがとう」

「あ、うん、ははっ、協力するって約束だからね、ははっ」ユフォンは言って自分が今でも抱き付いていることに気付いて腕を解いた。

 二人の顔の距離はとても近かった。もちろん、頬を寄せたヒュエリ程ではなかったが、異性同士でその近さは二人とも頬を染めずにはいられなかった。さっきまで抱いていた、抱かれていたとい事実が紅潮を加速させる。

「あ、ほんと、ありがと……」

「いや、うん。えっと、ほら、顔を洗って来たら? ははっ」

「……うん、そうだね」

 セラはそう言って、「わたしも洗います」というヒュエリと共に顔を洗いに行った。


 うーん……この時の僕はまだウブだった。今の僕ならあそこでキスの一つや二つできただろうに。惚れた少女をナンパして、半ば強引に行動を共にするまではよかったけど、詰めが甘いね。

 でも、この出来事はセラフィとユフォンにとって大きな出来事だった。『碧き舞い花』の物語が書けるのも、この出来事があったからといっても過言ではないかもしれない。

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