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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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259:泥に伏す

「っち、マジかよ。これがセラの本気?」

 怒りによる闘志に支配されたセラはズィーを押していた。技量だけでなく、力でもだ。竜化という原因があるにしても、普段の彼女では有り得ない力だった。振るった剣が地を打てば抉り爆ぜ、泥を巻き上げた。

「いや、ちげえな、正気じゃねえだけかっ!」

 外在力を纏い、竜化までしているズィーの力ももちろん凄まじく、今、二人がぶつけ合った剣から拡散した力は周囲の空気を大きく震わせた。

「遅い」鋭い声。

「っ、くそぉっ!」

 セラはすぐさまズィーの背後を取り、その背を斬る。液状人間に操られているのだと思い込んでいる彼女の一撃は的確だが軽い。ズィーは前のめりによろめくだけで済む。

 すぐさま振り向くがそこにセラはおらず、彼の脇腹に蹴りが入る。

「ぐ、ふぅ……」セラの蹴りに耐えると、ズィーは彼女の脚を抱えて掴んだ。「捕まえたぞ……セラ」

 そのまま脚を上げさせ、前進するズィー。セラは彼共々地に倒れる。

「っく」受け身が取れず、痛みに顔が歪むセラ。動きも一瞬止まる。

「ひとまず、拘束しねえと」

 ズィーはその瞬間を逃さず、彼女に跳ばれないように素早く鍵を取り出し、回した。「施錠」

 光り輝く鎖が現れ、セラを地面に縛り付けるとガチャリと重い音がする。しまったとばかりにセラは暴れるが、竜化状態の力を持ってしてもびくともしなかった。

「俺の鍵の力が持つか、竜化が切れてセラが正気に戻るかだな……」

 ズィーは外在力を解き、立ち上がって一息ついた。セラを見下ろす。そんな彼をセラは睨み上げる。

「っくぅ……ズィーの真似事ごときに、止めらなんてしないっ!」

 彼女が纏う碧き輝きが増した。そして、鎖が弾け散った。

「ばっ……!」

 咄嗟に紅き花を散らし後退したズィー。その場ですぐさま空気を纏い、後方にスヴァニを振るった。

 ハヤブサとフクロウが掴み合う。

 素早き羽音と静かな羽音。どちらも小さな音。それらが奏でる甲高い金属音が何度も何度も、泥まみれの薄群青都市に響いた。

 互いに決め手を控えた戦いは長期戦。空は雲を完全に排し晴れていた。ホーンノーレンの空気は乾燥し始める。

 そして長き戦いは突拍子もなく終わる。

 セラの怒りと闘志もそう長くは続かず、鎖を破ったときを頂きにその力は下降していった。そしてついに竜化が終わると、それを機にすっと漲っていた碧きヴェールも消え失せた。

 ズィーが耐え勝った。


 ふっと力の途切れたセラはズィーの前で泥に伏している。動くことは出来なかったが、意識はかろうじて残っていた。

 ズィーに刃を向けたところまでは記憶があったが、今自分が置かれている状況を彼女は理解していなかった。自分が液状人間に操られていたのではないかと考えたほどだ。

 視線を向けることは出来ないが、ズィーが傍にいることは感じ取れている。だが、辺りにラスドールや彼と戦っていた魔闘士たちの気配がないことを疑問に思う。

 そんな時、二人のもとへ一人の人間が現れる気配を感じた。瞬間移動、ユフォンだった。

「お、ユフォンか」とズィーの声。

 すかさずユフォンの慌ただしい声がした。「ズィプ、セラは! 大丈夫なのかい!」

「まあ、大丈夫だろ」

 楽観的なズィーの声に対し、ユフォンは泥をはね上げながら彼女のもとへと駆け寄ってきた。服が汚れることなど構わずに、膝をつき、泥だらけの姫を抱きかかえた。

「セラ? セラ、セラ、大丈夫かい?」

 身体を起こされたセラは薄目で筆師の顔を見上げた。かなりの近さに彼の顔はあった。

「ユフォ――」

 現状を訊きたかったが、今までに経験したことのない疲労感に彼女は眠りに落ちたのだった。


 セラが目覚めたのは三日後であった。

 眠る彼女に対してヒュエリ司書が疲労回復のマカを掛けたにも関わらず、その日を迎えるまで一度たりとも目覚めることはなかったのだ。その間ももちろんあの日の悪夢を見ていたのだが、うなされる元気もなかった。

 ようやく悪夢に汗をかきはじめ、彼女が三日ぶりに目を開けると、そこには暗い天上があった。

 そこに朝日はなく、紫とピンクの混じった空の色が一面の窓から入り込んでいた。

 禁書内の司書室。ベッドの上。

 自分がどれ程眠っていたのか、ホーンノーレンはどうなったのか、ズィーはどうなったのだろうか、何が起きたのか……。

 何もかもが分からないまま、円らに戻ったサファイアでただただ天井を見つめるセラ。近くに誰かいないかと超感覚と気読術を巡らせるが、部屋には誰もいなかった。幻想の主すらもだ。

 次第に眠気が取れ、思考を始める。

 自分がこの場で、自分として眠っていたことを考えると、ホワッグマーラは未だ液状人間の支配下には落ちていないということだろうか。

 しかし。

 記憶を巡る。

 ヨルペン帝の退却の号令を竜化に侵される中、耳にした。あれが本当なのだとしたら、ホワッグマーラの主要都市は全て陥落したことになるはずだった。

 自分が置かれている状況と記憶が相容れない。

 退却したにしろ、していないにしろ、非戦闘員はヒュエリやユフォンたちによって安全な場所に移動しているはずだ。そう思い至り、セラは魔導書館全体と幻想のマグリアに意識を向けた。しかし、誰かがいる気配はなかった。安全な場所とは禁書の中ではないらしい。

 ――ジェルマド・カフを探さないと。

 禁書から出るにはヒュエリか、この世界の主である彼の力が必要だった。セラにはその手段がないのだ。ヒュエリがいない今、姿を消しているであろう彼を探す必要があった。

 セラはベッドを抜け出した。その時、彼女は自分が丈の長いシャツ一枚しか着ていなかったことを知る。もちろん、オーウィンをはじめとした道具一式も皆無だ。

 ――服、どこだろう。

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