256:壁を破れ!
「おおっ! さすがは渡界人ってとこか!」
ラスドールが彼女の横まで下がってきた。セラを称賛したかと思うと、どこか誇らしげな顔になる。
「ノルは障壁のマカの達人だ。あいつが護衛になってからワールマグ開拓士団員は怪我をしなくなった。それほどの実力だ」
敵対している状況だというのに自慢げに友のことを話す。そんな彼にセラは微笑ましくもなったが、スッパリと言い切る。
「そんなこと言ってる場合? それに中身は別人だし」
同じ力を持とうとも、その使い方まで一緒とは限らない。
ノルウェインが普段どういった戦い方をするかは知らないが、今思えば初めに相対したブレグもただ衝撃波を放っただけだ。彼の力をただただ漠然と放出したに過ぎないのだ。本物の隊長ならばあの場でセラとズィーを捕えることも、殺すことも出来ただろう。もちろん、出来るとしても、本物はそんなことはしないが。
「ふんっ、外身が知らねえ奴ならホワッグマーラはこんなんなってねぇっての」
「……。大丈夫、もうすぐ終わるよ。だから今はホーンノーレン、守らないとね」
「もうすぐ終わる、か。確かにな。分かってるじゃないか。『碧き舞い花』」
セラの言葉に応えるのはノルウェインだ。仲間の集団を掻き分け出て、余裕の表情を見せる。
「じきにこの世界は俺のものとなる」
「何日か前には二人しか送り込めなかったのに、随分進歩したのね。それとも、わたしとズィーが来たことで焦った?」
「焦った……そうだな。だが、だからこそ俺は考えた。今はその面影もないが、この乾いた土地に一気に攻め込む手立てはないかってな」
「行きついたのが雨ってか。歴史作ってくれやがるな」
ホーンノーレンに雨は降らない。ヨルペン帝が言っていたことだが、それは滅多になどという枕詞すらつかない、そのままの意味なのだろう。歴史的出来事が侵略者によって引き起こされたということだ。
「歴史? そうだな、苦労した甲斐があった……」
間を置いたかと思うとその場にいた魔闘士たちが口を揃えて声を上げた。
「ここを取り、この世界の新たな歴史を始めるっ!」
一斉の声と共に、周囲の水溜りから蛇のように水が立ち上がり、鋭利に尖らせた頭を上空へと伸ばした。
「ラスドール、上っ!」
「おうっ」
彼が応えると同時に東屋の屋根が破け、槍となった水が二人に降り迫る。セラは駿馬で正面のノルウェインの懐に入り、その体に触れると東屋の外へ跳んだ。ラスドールは硬質な木を生み出し身体を守りに入る。
東屋が水飛沫に包まれるのをセラは敵の懐で横目に見る。姿は見えないがラスドールは無事だと気配が知らせる。
ノルウェインと間合いを取りながら、飛沫の中へ声を放つ。
「ノルウェインはわたしが!」
「おうっ、すまねぇ任せたっ! 他は、まっかせろぉっ!」
張り切った声の後、数人の魔闘士が飛沫から吹き飛ばされ出てきた。ノルウェインという枷がなくなったことで気兼ねなく戦えているらしい。
セラはノルウェイン一人にだけ意識を向ける。
「一対一か……『碧き舞い花』と俺の一騎打ち」
悠々と口を開く液状人間。その刹那、セラの足元の水溜りから槍が飛び出す。だが彼女は二度も同じ手は食わない。目も向けず華麗に避ける。
敵に対して向ける意識が一人分ならば、周りの無生物、自然環境にまで感覚を向けておくことはそう難しいことではなかった。
躱す動作のまま、セラは駿馬で間合いを詰めた。
「今度は躱すか……で、それでどうする?」
目の前に迫った彼女に対し、何ひとつ身動きを見せないノルウェイン。障壁のマカからくる余裕だ。
「破るっ!」
オーウィンの突き出すセラ。切っ先が障壁に当たる。最初に感じた押し返すような壁だ。
「はあぁっ!」と気魂を放つセラ。最初と同じく壁は押し消される。
「芸がないな」余裕綽々のノルウェイン。「がっかりだぞ、『碧き舞い花』」
「……」
気魂法を使ったときとは打って変わってセラは黙り込む。何も言い返せないということではない。彼女は集中を高めていたのだ。
そして、切っ先が硬質な壁に辿り着く。障壁が一瞬煌めき、その存在を示して透明に戻る。かと思いきや、障壁は明滅し息苦しい音を立てる。
キュィーンッゥィーン、キュキュキュル……――。
フクロウがゆっくりと障壁の中へと入り込んでいるのだ。
金剛裁断。彼女が硬い壁に対して取った方法はこれだった。
「何っ!?」
これには液状人間も驚き、ノルウェインの顔に汗を浮かべる。だが、押し迫る剣の勢いが弱まっていることを冷静になって見たのだろう、ほっと口角を上げた。
「驚いたが、届きそうにないな。残念だっ――」
「術式、床!」
セラは足元よりわずかに上、斜めにガラスの床を作り上げた。そこに飛び乗り、膝を曲げ、伸ばす。
殺されていた勢いは息を吹き返し、今。
壁を突き破った。
「なっ!?」
驚き、仰け反ったノルウェインの左肩にオーウィンが刺さる。そのままセラは上手いこと体重移動をこなし、ノルウェインに馬乗りになった。
彼女の白い頬に泥が三点、飛び着いた。




