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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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24:ぽろん ぽろん

 そこは竪琴の音が優しく、爽やかに奏でられる森。特に決まった旋律を奏でるわけでもないが、心地よい協和音を響かせる。その音は森の大半を占める竪琴の木の一本一本からそれぞれ一音ずつ奏でられていて、それが合わさることで心地よい音になるのだとういう。魔導学院の調べで音の正体は竪琴の木の生命音だということが分かっている。

 セラたちが用水路をに沿って街から森へと入っていき、用水路が小川に変わった辺りでそよ風が竪琴の木の細い枝々を揺らすと、擦れ合った葉っぱたちがパーカッションを旋律に添える。

「心地いいですね」

「そうですね」

「先達の筆師たちが色んな文を残すのも分かるな」

「『ぽろん ぽろん それは吾輩を浄化する』」

「ウェストンですね」

「ええ。わたしは彼の詩が大好きで司書になりました」

「へぇ、趣味がいいですね。僕はヘミッシャーの『竪琴の森にて』とか、ヨロクナの『森は泣く』『森は笑う』の二部作とか好きです」

「おおっ。なかなかですね、ユフォンくん」

「……えっと」セラは二人の文学好きに申し訳なさそうに口を開く。「黒い霧はどの辺で?」

「あ、はい。すみません」ヒュエリは小川に沿った道から斜めに入る道を指さすと、二人を先導した。「こっちです」

『竪琴の森』はマグリアの人々の安らぎの場として整備され、道が作られ、道案内の看板が立てられ、東屋が建てられている。普段はたくさんとは言わずとも安らぎを求めた人々が数人いるのだが、そのときは黒い霧が目撃されたからか二人と一体が人を見かけることはなかった。

「この辺です」

 ヒュエリが進むのをやめたのは東屋が建てられ普段なら人々が憩うであろう場所だった。

「一昨日の夜、警邏の方がこの東屋で休んでいたとき黒い霧が発生したようです」

「ヒュエリさんとテイヤスさんが話してるの聞いた感じだとここだけじゃないんですよね?」

「ええ。最初はマグリアから遠く離れた郊外の町、それから徐々にマグリアに近付いてくるようにしてこの森です」

「黒い霧が発生するより前にわたしと同じナパスの民が跳んできたって情報はありますか?」

 セラは『夜霧』目的を簡潔に付け加えて尋ねた。

 ユフォンは話に耳を向けながらも、自分には何もすることがないと感じたのか東屋の椅子に腰かけたて携帯用の筆と低質紙を取り出して何かしらを書き始めた。

「ナパスの方ですか? そんな報告はないと思いますが、警邏隊にあとで聞いてみましょう。ところで、セラちゃんの五感で何か感じませんか?」

「わたしも何かあるかと思って集中してたんですけど、これといって感じるものは……。竪琴の音くらいで」

「そうですよね。わたしもマカの残滓とか、全く感じません」

「あ、一応言っておくけど、僕も全くです」

「はぁ……毎回こうですよ、黒い霧の調査。行きましょうか。ナパスの方について警邏隊に訊きに行きましょう」

「そうですね」

 こうして何の収穫もなく二人と一体は『竪琴の森』を後にした。


 マグリアの住宅街の街並みに住宅とは違う建物がぽつりと存在する。警邏隊の本部だ。住宅三つ分程の敷地に二階建ての建物。街並みと同じく赤茶と乳白色のレンガで造られれているが、その正面、入口の上には警邏隊の紋章が大きく掲げられている。ランプの後ろに交差する槍。まだマカを多くの人が使えなかった時代、ランプと槍を持って警邏していたときの名残が槍という形で残っている。

「異界のっ人間っ?」

 警邏隊隊長ブレグ・マ・ダレは戦うための筋肉がついた上半身をあらわにして重量感あふれる鉄の棒を振っていた。セラはその素振りを見て、この隊長が実力でその座についているのだと悟った。

「知らんっなっ」

「ブレグさんのところに情報がないってことはナパスの方は来てないと見た方がいいかもしれません」

 セラはヒュエリのその言葉に肩を落とした。

「そうですね。だとしたら、黒い霧は奴らとは関係ないのかも」

「黒い霧っ?」ブレグ隊長はそこで素振りをやめた。「ということはヒュエリ司書に頼んだ調査の件か。その様子だと芳しくないのだな」

「すびましぇん……!」

 ヒュエリは消えればいいものを、わざわざセラの背後に身を隠した。そのことで、ブレグ隊長の視線がセラの背中のオーウィンに向けられた。

「ん? 剣を持ったプラチナの髪の少女か。さっき部下から報告があったな。次のトーナメントに出るとか」

「ええ。出るけど」

 セラは一歩も引くことなく瞳孔が赤く縁取られたブレグの瞳を見返した。

「ふーむ……」

 セラのことを上から下まで確かめるように舐め回すブレグ。それを止めようとユフォンが動いたがそれより早く、セラとブレグの間にヒュエリが現れ入った。そこにはついさっき隊長から逃げた彼女の姿はない。

「ブレグさん! セラちゃんはわたしの教え子です。きっとあなたにだって勝っちゃいますよ?」

「おう? 偉大なるアルバト・カフの真似ごとかい、ヒュエリちゃん」

「そうです。先生がドルンシャ帝を教えたようにわたしもセラちゃんを教えますからね。楽しみにしててくださいよ」

「うむ! いいだろう。今年のトーナメントはいろいろと楽しくなりそうだ」

 ブレグ隊長は口の端を上げて白い歯を覗かせた。

「さ、行きましょう。セラちゃん、ユフォンくん。早速マカの練習です」

 張り切るヒュエリは二人の腕を掴んで警邏隊本部を出た。


 殺風景な司書室に戻ると、灰銀髪をシュシュでひとまとめにしたヒュエリ。「よしっ、始めましょう」

 セラとユフォンは荷物を部屋の隅に降ろしヒュエリの前に立つ。口を開いたのはユフォンだ。

「あの、黒い霧の調査はいいんですか?」

「大丈夫ですよ」そう言ってヒュエリは顔をすぼめて力む。「ふーんっ!」

 白ワンピース姿のヒュエリが二体になった。その上一体一体は元のヒュエリの半分ほどの大きさで、セラの鳩尾ほどの背丈しかない。かといって幼くなったのかというとそうではなく、そのままの姿を縮小したものだった。

「幽体分離です。不完全で体が小さくなっちゃうんですけどね。調査はもう一体の幽体に任せます。行ってらっしゃい、わたし」

「行ってきます、わたし」

 二体のヒュエリは互いに頷き合って、片方がじんわりと姿を消した。

「さ、今度こそ始めましょう」

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