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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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245:疑念

 その後、セラとズィーはいくつか質問をした後、ジュサのもとを後にした。

 牢のある部屋の前で待っていた守護団の竜人に声を掛け、ひとまず反社会勢力班班長室へと戻ったところだ。

 部屋には誰もいない。それを確認してか、ズィーが暢気な口調で会話を切り出した。

「思わぬところで情報が手に入ったもんだな。あとでゼィロスにも報告だな」

 別に『夜霧』の話を秘密裏にする必要はないのだが、スウィン・クレ・メージュでは大々的にするのは憚れる。ワィバー・ノ・グラドや一家の幹部、それから守護団の上層部もこのことを知っているらしく、彼らが市民に不安を広げないようしてきた努力を水泡に帰してしまうからだ。ちなみにデラバンが部下たちを簡単に下げ、セラたち三人だけの場をつくったのも、努力の一つだ。

「うん……」

「なんだよ、どうした?」セラの気のない返事にズィーが首を傾げる。「奴らのことが少しでも分かれば喜ぶのがセラだろ?」

「そうなんだけど……」

 セラは言って、指先に摘まんだ指輪を目の高さまで上げる。これはジュサが最後に彼女に渡してくれた黒光りする指輪だ。

「これ、ロープスが組み込まれる前の型なんだよね」

「そりゃそうだろ。ジュサだって同等に取引してたのは最初だけって言ってんだし、最近のを持ってるわけないだろ?」

『夜霧』の技術力も進歩している。ビュソノータスで大量の人間を一気に転移させることのできるロープスを開発していた頃など遠い昔。今ではロープスは棒状ではなくなり、武器を出し入れする指輪と同体を成している。さらに言えば、『夜霧』の名のもとになった黒い霧も発生しなくなっている。

「ズィーに言われなくても分かってる」

「おい」

「でも、変じゃない?」

「何が」

「これって『夜霧』にしては結構初期のものでしょ? 四年前にルルフォーラが使ってたから最低でも四年前」

「まあ、そうだな」

「スウィン・クレ・メージュって世界としては先進的だよね」

「異世界と交流あるし、そうだろ」

「ズィーはさ、今までこの世界に『夜霧』が関わってるって聞いたことある?」

「ねえよ。でも、それはあれだろ? ここの上の人たちが隠してたから」

「隠してたとしても、少しぐらい『夜霧』の影を掴むと思わない? 評議会なら」

「あぁーまあ、なくはないな……ってそれどういうことだよ?」

「……誰かが故意にここの情報を伏せたんじゃないかって」

「おいおい、それって裏切りってことか? いやいや、考え過ぎだろ。滅多なこと言うなよ。そもそも評議会に協力してる人はみんな信頼できるってことで、仲間にしてるじゃんか。考え過ぎ、考え過ぎ。情報掴めないことくらいたまにはある」

「うーん、そっかなぁ……」

 煮え切らないセラにズィーはあっけらかんと、誇らしげに言う。

「そうだそうだ。大体、評議会を裏切るってすごい大変じゃねえか? すげえ人いっぱいいるんだから」

「……それも、そうだね」

 評議会に集まった賢者やそれに準ずる者たちを欺くことなど、そうそうできることではない。かと言って賢者とて人だ。見落としをすることだってあるだろう。そんなことを考えている頃には、彼女の頭の中の疑念は小さく萎んでいた。

 指輪をバッグにしまうセラ。途端にズィーによって話題が変わる。二人だけで『夜霧』に関して話す事柄が尽きたと考えたのだろう。

「んー、それよか、俺にはジュサが逆鱗状態にならなかったことの方が不思議だ」

「逆鱗状態?……『逆鱗花の葉』を使った状態の竜人?」

「そ、俺でいうところの竜化。逆鱗の竜人なら、もしかしてフェズとかエァンダみたいな天才でも敵わねえかも」

「そんなにすごいの? さすがに二人の方が強いんじゃない?」

 ズィーの誇張だろうと疑いに似た目を向けるセラ。

「セラは逆鱗状態の竜人を見たことねえから、そんなこと言えんだよ。さっきの戦い、俺が竜化したうえで外在力まで纏ったのは、相手の誰かがそうなったときのためでもあったんだぞ」

「ふーん。ねえ、そもそも、竜化って大丈夫なの? 普通は身体が竜人のような特徴を現した後に死んじゃう毒だよ。どうしてズィーが死なないのかが不思議よ、わたしは」

「むふ~ん、それはだな」どうだと言わんばかりの表情を見せるズィー。「身体の中に飼ってんだ」

「……」

「……なんだよ、なんか反応しろよ」

「えっと、何を飼ってるの?」

「えっ? 何って……」ズィーの目が泳ぐ。「あーっと、アレだよ。アレ、こう、こうさ、こうし」

「子牛? 牛?」

 セラはこの時点でズィーが何のことを言っているのか分かっていたが、意地悪をする。意地らしい笑顔はなかなかに魅惑的なものだ。

「もぉ~?」

「……っちがう! えーっと、牛じゃなくて、こう、さ。こう、し……」

「ピャストロン家は識字力は高いけど、語彙力はないのかなぁ~」

「ちゃうっ、ちょ、待て、今出る。出かかってるんだよ、邪魔すんなっ。えー、こう、し。こう、す。こう――」

「酵素でしょ」

「そう! 酵素!」

「でも、違うよ」

「は? 本人が言ってんだから違うわけ……」

「たぶん飼ってるのは微生物じゃない? その微生物が竜毒を解毒する酵素を持ってるっていうのが正しいと思う」

 ズィーが何かを思い出すような上方を見た。

「……言われてみれば、そんな説明だった気がする」

「『竜あやし』……あ、『竜宿し』の治療薬の通称だけど、それもその微生物が出す酵素がもとになってるし。……名前は言っても意味ないよね、ズィーには」

「……ああ。頭痛くなるからいい。でも、さすがはセラだな。あ、セラも竜化やってみるか?」

 ズィーが太もものバッグから一枚の葉っぱを差し出す。

「変態術があれば使えるだろ?」

「う~ん、竜化するかどうかは分かんないけど、貰っとく。何か新しい薬とか作れるかも」

 見た目はどこにでもあるような葉っぱ。しかし猛毒を持つ。セラとしては竜化よりも葉っぱそのものに興味があった。ズィーから『逆鱗花の葉』を受け取る。

「ぅわ、硬い……」

 どおりでズィーが齧ったときに軽快な音が鳴ったわけだと思わせる硬さは、まるでハードビスケットのようだった。

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