244:虹がかかる
「あなたたちと『夜霧』はどういう繋がり?」
単刀直入な質問をぶつけるセラ。というよりも、これ以外に訊けることが現時点ではなかったというのが正直なところだった。
「竜毒を流してた。見返りに技術を提供してもらった。最初はな」
ジュサは手錠で繋がれた両腕を上げて、黒光りする指輪を示す。嘘を言っているといった雰囲気は受けない。本当に渋ることなく聞いたことに応えてくれるらしい。
「最初は? 今は違うってこと?」
「今は……」わずかに顔をしかめる。「定期的に武器を献上してる」
「献上?」
あまりに仰々しい言葉にズィーが眉根を寄せる。
「今、完全に主従関係が固まってんだよ。こっちに見返りはない」ここにきて、ジュサのガサついた声が湿りを帯びてきた。「竜人に求める武器っての……つまり……命だ」
「命……それは戦力として、奴隷になってるってこと?」
セラは『夜霧』に囚われ、あらゆる世界への橋掛けとして利用された同胞たちを想う。評議会の情報収集により、今もなお生存していることは確認されている。
勢力を増した『夜霧』にとって、すでに橋掛けの役割は必要ないものと見られているが、囚われているグゥエンダヴィードの場所は未だに掴めず、彼らがどんな状況に置かれているのかも不明だ。
ナパスの民は戦力ではなかったが、竜人ならば戦力として従わせても不思議ではない。
「違えよ。武器だって言ってんだろうが」
あまりに強い語気だった。セラは思わず「ごめん」と謝った。
「……いや、すまねえ、感情的になっちまった……。確かに何人かは戦闘員として『夜霧』の一員になったが、それはあいつらが自分で決めて仲間になったんだ。……裏切りだと責めてえが、あいつらの気持ちもわかる。あれだけの力の差を見せられたら、保身に走ってもおかしくねぇ……」
ここまで話して、ジュサは思い出したように話題を戻す。
「すまない、武器の話だったな。いいか、竜人が作る武器ってのは、竜人そのものを素材にしてる。死んだ竜人から……死んだ竜人の遺志を受け継ぐための伝統なんだ、竜人工芸ってのは……っ」
ジュサは一瞬息を詰まらせた。
「……それを、それだから、大量に作れるもんでもないし、簡単に見ず知らずの人間に使わせるわけには、いかねえんだ……。それでも、オヤジは決断した。竜人の誇りを守るために、武器を献上することを承諾した」
「ん? どうして武器の献上が誇りを守ることになるんだよ。誇りを守るなら、簡単に渡さず、戦うだろ、普通? 竜人だって強い奴いっぱいいるんだから。それに逆鱗だってあるだろ」
「ズィー」
セラは牢にゆったりと詰め寄ったズィーの背に手を置いた。
「たぶん、献上を拒んだら……」
「『碧き舞い花』……いや、セラだったな。セラは物分かりがいい。いいかいズイー」
「あ、ズィプでいいぞ。言いにくいだろ」
「ああ、じゃあ、ズィプ。いいか、今、虹架諸島はオヤジに守られてんだ、『夜霧』から」
「うん? どういうことだよ」
ズィーは牢から離れ、セラにも問うような視線を向ける。
「ジュサのお父さんは被害を最小限にしたのよ。戦う道を選ぶことも出来ただろうけど、そうしたら、たぶんこの世界は、最悪無くなってる」
「そうさ、オヤジは定期的に何人かの竜人を殺して武器を作ることを選んだ。竜人を皆殺しにされて、いっぺんに武器にされることを……今すぐに消されることを回避したんだよ。……身内びいきになっちまうが、良い選択をしたと思う。誰もオヤジを責めちゃいけねぇ。そもそも奴らに関わったことがいけねえんだとも責めさせねえ……! オヤジじゃなきゃ……オヤジが間に入ったから、この世界はまだ虹のもとにある!……他の誰にも、出来なかったさ……」
ここでジュサは鼻をすする。
彼女が『夜霧』について話してくれる理由を、セラは改める必要があった。戦いに負けたことを理由に、律儀に話してくれているということもあっただろうが、深いところには『夜霧』への反抗心や、虹架諸島を想う気持ちがあったのだ。
「虹は消えてない。望みを繋いだんだ、未来に…………賢者評議会に」
ジュサは純真とまで言える竜眼でセラのサファイを見つめた。潤みに潤んでいた。
「他力本願だと笑われても構うかっ。頼む! 竜人が滅びる前に『夜霧』を壊滅させてくれ……!」
竜人の目から一筋、涙が零れた。
その一滴にどれほどの想いが込められていることか、セラには想像できなかった。
恐らくは多くの竜人がその事実を知らない中で、数少ない事実を知る側の人間となった彼女。抱えていたものを吐露する場もなく、溜めに溜め込み、今ようやく吐き出せたのだろう。
「笑わないよ」セラは優しく、牢に添って言う。「笑うわけない」
麗しき面構えは凛々しく。
また一つ、彼女に想いが重なる。




