240:多勢に無勢
ズィーはあまりにも大勢の人間に囲まれていた。それ故に、セラも発見が少し遅れたのだ。
「戦いの真っ最中?」
首を傾げるシァンを余所に、セラは立ち上がる。
「って、外に出る気? ダメダメ、いくら剣背負ってるからって、やめときなよ。グラド一家が絡んだ抗争は一番危険なんだよ。てか、セラは裏社会の人と繋がりが? やば~っ、あたし声かける人間違えた……?」
「……わたしが関わるのはこれから。じゃあ、行くね。資金集め頑張って」
セラは笑顔を向け、花を散らした。
「術式展開……床……歩調……同調」
セラは姿を現すなり術式を展開させた。メィリア・クースス・レガスの技術だ。彼女の足下には彼女の足踏みに合わせて紋様ガラスが現れる。碧き花散る紋様だ。
なぜそれを使ったかといえば、それは彼女が空に向かってナパードを使ったから。
翼を持たない彼女は飛べない。だから重力に従い落下していくのが常だ。それでも彼女は空中戦は必要なことだと考え、実行するための技術を得たのだ。
それがメィリアの術式だった。
そして、彼女が上空へと移動しなければならなかった理由を作り出した男はというと、サパルから貰った鍵を使い、落孔蓋で足場を確保していた。
「ズィー!」
セラは羽を生やした竜人たちに縦横無尽を囲まれる『紅蓮騎士』に呼び掛けた。
竜の眼がこれでもかと彼女を向く。ズィーのものもその内の二つに含まれている。どうやら『逆鱗花の葉』を齧ったらしい。
「セラ!?」
「なんだ、仲間か?」
「どうでもいい、巻き込まれたって文句は言えねえぜっ!」
竜人の一人がセラに向かって飛んできた。翼をはためかせ飛来する竜人は速い。が、セラにとっては遅かった。彼女は怪物や悪魔と呼ばれた生き物と戦っているのだから、そう感じざる負えなかったのだ。
腕を引く竜人は彼女を引っ掻く気満々だっただろう。まさか自分が天を仰ぎ、落ちていくことなど考えていなかったに違いない。
マカを纏わせてオーウィンで腹を打った相手が、キョトンとした顔で落ちていく姿をセラは一瞥もしなかった。視線はズィーだ。
「結局力尽く? 最悪な事態だったわけ?」
「いやっ! 待てよ、セラ」ズィーが応える。「俺は穏便に済まそうとしたぜ? 最初から喧嘩腰だったのこいつらだ」
「はぁ……」セラは溜め息交じりに言う。「とにかくこの場を治めよう」
「最初からそのつもりだよ!」
多勢に無勢……ではなかった。もちろんだけどね、ははっ。
「どうだ? 俺だってちゃんとやらぁ、斬らずに片付けられる」
「まあ、確かに、一番の解決策だとは思うけど……」
「なんだよ?」
「安直じゃない? 剣を持たないって」
「いいんだよっ。これくらいの相手なら、スヴァニはお休みだ」
「まあ、ズィーがいいなら、それでいいんだけど……シズナさんみたいに鞘に納めたままとかじゃ駄目だったの?」
「あ……。いやいやいや、いいんだ、これで!」
ズィーは拳をぎゅっと握って示した。
「そうだね、ズィーの場合、鞘がへこんで抜けなくなっちゃうかもだし」
「なっ……まあ、俺ならあり得る……」
セラとズィーは軽く会話を交わす余裕を持ち、竜人たちを落としていった。あらかたが倒されて初めて、竜人たちは自分たちに数の利がなかったのだと知り、慄き始めた。
「な、んなんだ、こいつら」
「『夜霧』の奴じゃねえかよ、この強さ」
「!」
セラがその言葉を聞き逃すことはなかった。すぐさま発した者の背後へと跳んだ。
「お前たちは」鋭い声。「『夜霧』と関係があるのか?」
竜人は首筋に氷を付けられたかのようにびくついたかと思うと、目を見開いたまま、黙り込んだ。まったく答えるそぶりを見せないまま時が流れること、数秒。
「うぅん……敵の質問に簡単に答えないことはいいことだ。だけど――」
セラより上空から声が降ってきた。少々ガサついているが、女の声だった。その声にセラが顔を上げるより早く、彼女の前にいる竜人が小さく悲鳴を上げた。
「……ジュサ、お嬢様」
「この渡界人二人のことを知らないなんて、勉強不足だ。あとで御仕置きだな」
「頼む、殺せっ……!」
なんと目の前の男、背後のセラに小声で頼んできた。懇願と言っても過言ではないほど、必死な顔だ。この男の態度はそのまま、ジュサと呼ばれた女の竜人の恐ろしさを表しているに違いなかった。
セラは剣の柄で男の首筋を叩き、気を失わせて落とした。どれほど懇願されようと、無意味に命を奪うことを彼女がするはずなかった。
見上げるセラ。
そこには渦を巻く二本の角を持つ、鮮やかな赤髪の竜人が羽ばたいていた。
「下っ端じゃかなわないわけだ」荒々しい笑みを浮かべ、二人の渡界人を見下ろすジュサ。「なあ? 『碧き舞い花』、『紅蓮騎士』」




