239:警笛と咆哮
ぶぼぉぉおぉぉおぉぉぉん――!
セラが感覚を研ぎ澄まして間もなく、重低音が鳴り響いた。全てが震えるような音だ。
上空で交差する何本もの虹。高低差のある配置の島々。雲一つない真っ青な空。そしてセラも。
音が鳴り止む。
ビリビリと振動の余韻が残る手を擦るセラ。辺りの人々の様子を窺う。
「こんな晴れてんのに嵐か?」
「竜巻じゃないかしら」
「とにかく、早く建物に入ろう。中でも咆哮は聴こえる」
竜人たちは別段慌てることなく、作業的に建物の中に入り始めた。この状況に慣れているらしかった。
「旅の人?」セラに向けられた声。快活な女性の声だ。「とにかくどこか入ろうっ」
「……ぅん」
セラは言われるがまま腕を引かれ、近くにあった流線型の建物へと入った。
建物は平屋建てで広い。多くの竜人、それからちらほらと異世界の人々が中に入ったわけだが、全員が席についても余裕があった。
独特の甘い匂いが漂っている。カフェらしかった。
「あたし、シァン。よろしくっ」
快活明朗に握手を求める女性はセラより若い。まだ少女の面影を残していた。
「わたしは、セラフィ。セラでいいよ」
握手に応じるセラ。机を挟んで座るシァンをよくよく見ると違和感を覚えて、首を傾げた。
「……竜人、だよね?」
シァンの姿は彼女の知る竜人とはずれていたのだ。口や鼻は突出しておらず、髭もない。だが、笑う彼女の口から覗く歯は鋭いものが並んでいる。そのうえ後頭部、真っ赤な頭髪の合間からは角。眼も竜人のそれだった。
「あはは、ハーフだよ。ハーフ。ハーフ、ハーフ! でも、初対面でそんなこと訊くって、セラは礼儀がなってないなぁ~、あははっ」
「ごめん」苦笑交じりにセラは言う。「確かに失礼だったよね」
「え? いやいや、いいのいいの。別に気にしてないしっ! あははは~っ!」
「……」セラは言葉を失った。だが、状況を説明してもら分ければと、気を取り直して問う。「あの、これはどういう状況なの、シァン?」
「あーっ、ごめん、ごめん。いやぁ~、来て早々警笛が鳴るなんてついてないね、セラは」
「警笛ってさっきの?」
「うんうん。そして、よーっく聴いてて、これから咆哮だから」
咆哮。外で竜人の一人は口にしていた言葉だ。
「グラド一家の抗争発生! 市民の皆は安全が確保されるまで外に出ることなかれ! 繰り返す」
外からの声だというのに間近で話されているようにはっきりと聴こえるそれは、同じ内容を繰り返す。一度ではなく、二度、三度と何度も。
「いやぁ~、天気の報せじゃないなんて、ほんとセラついてないね、あははっ。でもでも、逆についてるとも言えるかも。珍しいことだよ、グラド一家が抗争するなんて……あれ? グラド一家とどこがやってんだろ? いつもなら、そこまで咆哮で教えてくれんだけどなぁ~。あはは、ま、いっか」
「……で、どういうこと?」
「ああっ、ごめんごめん。警笛と咆哮はね、島々に天災が来る前に知らせてくれるの、嵐とかね。でも、たまに、本当にたまーに、裏社会の連中の抗争の時もあるの。もはや天災レベルってね」
「……。そんなに頻繁に嵐とかが来るの?」
住人が慣れている様子から見て、そのことは明らかだった。彼らの日常の一部になるほど天災が降りかかるの世界なのだろうか。
「まあ、空なんてそんなもんだよ」
「そうなんだ」
セラは頷きつつ、窓の外に目を向ける。ズィーもどこかの島で同じような状況なのだろうか。気配を探り始める。
「嵐ならともかく、抗争はいつ終わるか予想つかないからね、すぐ終わるときもあれば、すっごく長い時もある。まあ、でもさ、グラド一家だから早いとは思うよ。そしたら観光もし放題っ! もしよかったら、色んなとこ案内するよ?」
シァンはどうやら、セラが観光に来ているのだと思っているらしい。
「ごめん、シァン。観光に来たわけじゃないんだ、わたし」
「え? そうなの? なんだぁー、お客さんゲットだと思ったのにぃ」
「ははっ……、シァンは観光案内が仕事なの?」
「あたし旅したくてさ、その資金集め。これでも人気のガイドですっ! って自慢してみたけど、次のお客さんで最後かなって思ってる。やっと、外の世界に出れる」
彼女は頭の中で様々な世界を想像しているのだろう、ワクワクと目を輝かせている。が、しゅんとその光が消える。
「今、最後の客さんを逃したところだけどぉ」
口を尖らせるシァン。が、また目を輝かせ、今度はセラに顔を寄せてきた。
「ねぇ! セラは今までどんな世界に行ったことがあるの? 来た瞬間見てたよ、ナパスの民でしょ? ね? ね?」
「あ、うん……」
「いいなぁ~、ナパード。あたしも渡界人に生まれたかったぁ~」
「今までに、ナパスの人に会ったことが?」
「うん、小さい頃に。それからずっと旅立ちの日を夢見てたんだから、あ~長かったぁ~って、まだ最後のお客さん探さなきゃだけど」
「ほんと、ごめんね。でも、応援してるよ。旅の途中でまた会えるといいね」
「おおっ! そういう楽しみもあるんだ! さすがはナパスの人だ」
「……」セラはズィーの気配を見つけた。そして小さくため息を吐いた。「はぁ……」
「ん? どしたの?」
「あ、ごめん。ちょっと探してた人を見つけて」
「見つけて?」
シァンは建物の中をキョロキョロと見渡す。
「うんん。ここじゃなくて、外にいる。それも、戦いの真っ最中……」
これが彼女が溜め息をついた理由だった。




