236:悲喜こもごも
「君の言うことは正しいと思う」
帝居の一室。ベッドの上から、真っ青に縁取られた瞳孔がセラを見る。
ヒュエリがセラを呼びに来たのはこれが理由だった。クラスタス・ユル・リュリュスが目覚めたのだ。
クラスタスに液状人間の支配下にあったときの状況を訊く前に、セラは自身の、寄生ではなく操作ではないかという考えを述べた。その答えが今のものだった。
「液状人間は水を操る。これは当てずっぽうではない、水を操るマカを使う俺の全てを賭けて言い切ろう。……Ms.ティー」涼し気な眼差しが司書を捉える。「君の液状人間に対する考えは間違っていたということだ」
「はひぃ……」
ヒュエリは今にも泣き出しそうに顔をくしゃくしゃにする。それを見たクラスタスは、どうしたことか慌てはじめた。
「あ、いや、すまん、すまん。責めるつもりはなかった。どうか泣かないでくれ。えと、そうだ! 触った水も自分のように動かせるんだ、あいつは。だから、まったく全てが間違いというわけでは……」
「セラちゃんにも同じこと言われましたぁ~……」
クラスタスがまたセラを見る。セラは苦笑ぎみに頷いた。
「そ、そうか…………ああ……話を続けよう。どこまで話した?」
「クラスタスさんがわたしの考えを認めてくれたところです。それで、質問しても?」
「もちろん」
「単刀直入に、浸透操作されていた時はどんな感じだったか覚えていますか? それとも、寝ていましたか?」
「そこまで分かっているのか……そうか、そこにいるMs.ダレも解放された身だったな」
壁に寄りかかるジュメニは小さく頷いた。
「そうだ、眠っていた。奴の操る水に飲まれた途端、眠気に襲われたんだ」
「それはわたしも経験済みです」
「あ、それなら俺も」
セラに次いでズィーが、小さく手を上げた。
「二人ともホワッグマーラの者ではないだろう?……異世界には未知の技能があるものだな。水使いだからと高をくくっていたような俺には想像がつかんが」
「どういうことですか?」
ユフォンが低質紙に、得た情報を書き留めながら訊いた。
「相手が水なら返り討ちに出来るのではと、マカで身体の支配権を争ったんだ。結局は睡魔に負けてしまったがな。やはり、Ms.ティーの警告を聞いておくべきだったな。加熱系のマカを使えなければ、気を付けろというやつだ。その点を発見したことはお手柄だと思うぞ」
優しく励ますように、クラスタスはヒュエリに目を向けた。
「あ、そのことなんですけど」セラは申し訳なさそう言う。「もう、加熱や乾燥で浸透を防ぐという方法は……」
「……効かないんですぅ」
しょぼんとするヒュエリに、またもクラスタスは慌てる。
「ぁあ……いや、でも。でも、効いていた時期にそれで助かった者も多いだろう」
「そうですよ、ヒュエリさん」
ここではセラも彼女を宥めにかかった。ヒュエリは「そうですか……?」と首を傾げながらもどこか嬉しそうだ。司書様は単純だ。
「それに、俺が浸透操作されたということは、自分で言うのもなんだが、事を進展させることに大いに役立つだろう」
クラスタスは笑みを浮かべた。次いで、すぐに表情を引き締めた。
「寝ていたが、ある時間だけは意識が起きていた」
「え、わたしそんなことなかったけど」
ジュメニがクラスタスの言葉に首を傾げる。彼女は解放されるまでずっと寝ていた感じだったと証言している。
「そうなのか……では、やはりこれも俺が水を操り抵抗したからか」
「その時間って?」セラが問う。
「夜、ですか?」
「夜だ」
ヒュエリとクラスタスの声が重なった。
「おっ、そうだ! そうだ、Ms.ティー! その通りだ!」
「そ、そうですか! ありがとうございます~。操られている人たちが夜になると水の中に入ってどこかに行ってしまっていたので、もしかしたら別の場所で寝ているのかなぁ~って考えてたんですよぉ。それでクラスタスさんの今の話を訊いてピンときたんです! 寝ているのは液状人間の方なんじゃないかって!」
ヒュエリは嬉しそうに自分の考えを述べた。それはもう楽しそうににこやかと、父親にその日の出来事を話す子供のように。
「おお、すごい。さすがはアルバト・カフの弟子だ」
「えへへ、ありがとうございます」
師の名を出されて褒められたことに、体を震わせて歓喜するヒュエリだった。




