226:初歩的な戦い
乾いた風が静かに翔ける帝居前。
ラスドールは魔闘士には珍しく武器をその手にした。しかし、ブレグやジュメニのように剣ではなかった。
棍棒。
オーウィンの半分もない短さの木の棒を厳つい顔の男は手にしていた。それは携行していたものではなく、自身のマカによって作り出したもの。有機物である木を無い状態から作り上げることは、並の魔闘士ではできないのだとユフォンが説明してくれた。マカに形を与えて剣にするのとはわけが違い、一度生成した木はそのまま残り続けるのだと。
その棍棒にマカを纏わせるラスドール。その形は見る見るうちに幅の広い剣となった。棍棒が柄になったのだ。
「剣にするなら、全部マカでいいじゃないの?」セラは訊く。
「マカの剣では握ってる感触が違うんだ。俺はちゃんとした剣を握りたい。ビズラスやブレグ隊長のようにな」
木の棒にマカを被せたそれがちゃんとした剣なのかと思ったセラだったが、そんなことを議論しても仕方ないだろう。本人が満足しているのなら、構わない。
「じゃあ、二人とも準備はいいかい? 危ないと思っても僕には止められないから、その辺は自分たちでやってくれると助かるよ」
ユフォンが両者を見やる。セラとラスドールは無言で頷く。すでに戦闘に集中している。
「じゃあ、はじめっ!」
ユフォンの掛け声とともに、ラスドールが一気にセラとの間合いを詰めてきた。ブレグやヤーデンのような武闘派にしては痩せ型である彼だが、しっかりと体も鍛えられているようだ。
ピャドゥォン――!
魔素と金属の剣が織り成す高音と低音の調和が響く。
響く。
響く。
響く。
互いが互いの小手調べをしているような打ち合い。一定のリズムを刻みながら、幾度となく鳴り響く。
その音につられて、広い帝居の開放的な大窓からぞろぞろと人が顔を出しはじめる。
「なんだなんだ? また敵なのか?」
「違うわ、あれ、ラスドールよ」
「あれ、さっきまでノルウェインにボコられてなかったか? 二回戦か? 敵わねえってのに、毎度毎度ご苦労なこったな」
「いや、見ろよ。ラスドールの相手、すごい美人だぞ!」
「あら、ほんと、きれいな子ね。嫉妬も出来ないくらい」
「俺、あの美人どっかで見たことあるな……」
「何、お前いつの間にあんな美人と知り合ったんだよ!」
「あ、あの人って、『碧き舞い花』じゃない? 四年前の魔導闘技大会に出てた女の子」
「……よく見れば、そうだ! フェズルシィ・クロガテラーと戦った子だ! もう、手ぇ出しても問題ないくらいになってるよな?」
「ちょっと、アンタ何言ってんのよ。あたしで我慢しなっ」
集中できない……。などとなることなく、セラは調子を上げ始める。それはラスドールも同じだった。
「観客も集まったし、そろそろ本気でやろうってか?」
「客? 別にそういうわけじゃないけどっ」
セラはマカの刃を押し上げた。がら空きとなるラスドールの腹。彼女はそこ目がけて剣を振るう。瞬時にマカを分厚く纏わせて。
マカの練度が上がった彼女は常に魔素を纏わせることなく、相手を傷つけない方法を実現できるようになっていた。不用意に魔素を消費することがなくなったのだ。
「っ!」
どぅんうぉおん……。
重低音が身体を震わす。
「ちゃんとした剣でそんなことできないけど?」
セラは皮肉っぽく言って笑みを浮かべる。その視線の先にあるのは、逆手となった魔素の剣だ。天を向いていた切っ先は、セラの攻撃に合わせて地を示したのだ。自在に形を変えることのできるマカだからこそ、持ち変えることなくそれを実現する。
「俺は握る感触の話をしたんだが?」ラスドールも厳つい顔に笑みを浮かべていた。「武器の特性に合わせて戦い方も変わるだろっ」
今度はラスドールの番。オーウィンは力強く跳ね上げられた。セラの身体ごと吹き飛ばされるのではないかというほどの勢いだった。そこから生まれる隙は大きい。このとき、オーウィンに纏われた魔素が消えたが、それはセラ自身が解いたからだ。だからそこは心配しないくていい。
順手に変わるマカの剣。振り上げられる。
しかしこれほど単調に作られた隙とそこを突く攻撃に、セラが対応出来ないわけがない。これまで多くの死闘を繰り広げた彼女にとっては初歩的な状況だろう。
碧き花が舞う。
ぶるんと空が斬られる音。乾いた空気の割に湿った音がするが、それはマカの剣が成せる業だ。魔闘士の背後に跳んだ彼女はそんなことを考えていた。
「やっと渡界人らしいことをしたな」
振り返るラスドールの目は嬉々としていた。が、厳つい顔との相性は悪そうだ。見る人によっては叫んで逃げ出してしまうだろう。
「そっちももっと魔闘士らしいことしたら?」
臆せずに挑発するセラだった。




