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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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21:魔導書館

 ドームと塔がいくつも連なり、広大な敷地を埋め尽くしている。一番高い大時計をつけた尖塔は、高さではマグリア一を誇る。

「エレ・ナパスの王城より大きい……」

 セラは魔導書館を見上げて嘆息する。街の赤茶や乳白色のレンガとは違い、魔導書館に使われているレンガは純白と漆黒。格式の高い建物だということを表している。マグリアでモノクロなのはここ、その蔵書の範囲は異世界の書物をも含む魔導書館を含め、三か所だ。研究機関と教育機関をもつ魔導学院と帝の居住地である帝居がその中に名を連ねる。

「さあ、入ろう。司書に会いに行こう」


 セラはユフォンに連れ立って絨毯の敷かれた魔導書館を進む。室内は静寂に支配されている。壁という壁は本棚になっていてるし、それでも収まりきらない蔵書はマカの力によって宙を規則正しく整列しながらゆっくりと飛び回っている。セラは飛び回る本を目で追いかけていたかと思うと高い本棚を下から上まで舐め回した。

「上の方の本、どうやって取るの? その前に、どんな本が置いてあるか見えないんだけど」

「読みたい本が決まってるなら呼べば飛んできてくれるんだ。『図解 異世界論』」

 ユフォンが近くの本棚にそう呼びかけること十数秒。彼の手に『図解 異世界論』が飛んできて納まる。「ほらね」

「それで、本が決まってないときだけど……何かこんな本が読みたい、とかあるかい?」

 ユフォンが手に持った本を軽く空中に放りながらセラに訊く。放られた本は独りでに浮かび上がって、近くを通った本たちの列に加わった。

「えーっと、薬草の本とか?」

「薬草? 君はそういうのに興味があるのかぁ。そしたら、本棚の前に立ってそのことを伝えてごらん」

 ユフォンに言われてセラは本棚に尋ねる。誰に向かってでもなく喋るのを少し恥ずかしがったセラの姿はユフォンの鼓動を早くしたことを彼女は知らない。

「えっと、薬草の本を。できれば薬草術関連の」

 セラの言葉に反応して本棚は大胆かつ静かに動き始めた。棚と棚同士が互いの位置を交換し合っていき、一分とかからないうちにセラの前に薬草術の本棚が出来上がった。

「すごい」セラは一冊の本を手に取った。

 とても分厚い本で、ユフォンには読めない文字でタイトルは書かれていた。

「君の世界の本かい?」

「ううん、違うよ。適当に取っただけ」

「読んでいくかい? 相当分厚いけど」

「知りたいことがあるからそこだけ、すぐ終わるわ」

「読めるのかい? 君の世界の本じゃないんだろ?」

「大丈夫よ。問題なく読める」セラは本を抱えるようにしながら目的のページをはがし始めた。

「そうなんだ。博識なんだね……」

 目的のページを見つけたセラのページを繰る手が止まり、彼女は真剣な眼差しでそのページに視線を落とした。そこには毒々しい赤色のキノコが描かれていた。

「うん、うん」彼女は数度頷くと本を閉じた。「この本すごい。ベルツァ・ゴザ・クゥアル……」

 表紙に書かれた著者名を呟くセラ。

 隣のユフォンはちんぷんかんぷんといった様子で首を傾げる。「なんて本なんだい?」

「えーっと、この世界の言葉にすると……『猛毒は薬なり‐異世界の毒図鑑と調薬の方法‐』かな」

 セラはホワッグマーラの言葉でタイトルを読み上げた。

「どこの世界の本なんだい?」

「ごめん、それはわかんないや」

「えっ? 読めるんだろ?」

「わたしたちの一族は色んな世界の言葉が分かるの。でも、それがどこの言葉かはその世界そのものを知ってないと分からない」

「そうなんだ。司書なら知ってるかもしれない。さ、行こう。それが目的だろ?」

「うん」

 二人は本棚の前を離れて司書室を目指し始めた。


 司書室は大時計のついた尖塔の一番上の階にあった。時計の下に位置している。

 白と黒のレンガを橙色のランプが照らす長い階段を登った先、光沢のある木の扉をユフォンがノックする。静かな空間に軽やかな音が響く。

 すると、ゆっくりと扉が開く。

「あれ? 誰もいない」

 扉は開いていくがその扉を押している人間はいない。

「マカで開いてるんじゃないの?」

 セラはユフォンに訊くと、彼は扉を少し眺めた後に首を横に振った。「これはマカじゃないな」

「じゃあ、どうして?」

 不思議がるセラをよそに扉は完全に開ききった。そこから見えるのは何もない殺風景な部屋と、窓の向こうに広がるマグリアの規則正しい街並みだけだった。

「建付けが悪いんじゃないかな。なんといっても古い建物だし。どうする? 司書はいないみたいだけど」

「うーん……っ!」

 セラは考え始めたかと思うと突然跳び退いた。

「どうしたの、突然……?」

 ユフォンは彼女の突拍子もない行動に半笑いで返した。が、彼女の表情は真剣そのものだった。

「え? ほんとに、どうしたの?」

「何かいる」

「へ? 何かって? 何? 人はいないし、こんなところに動物がいるとは思えけど」

 少し肩を竦めながら、苦笑いで辺りを見回すユフォン。

 そんな彼とは打って変わって、鋭い眼差しで一点をゆっくりと凝視するセラ。そのセラの視線は移動し始め、徐々にユフォンの方へ近付いていく。

 ついにセラはユフォンを真正面に捉えた。

「いや、セラ。ははっ、怖い顔はやめなよ。もったいない。ははっ……」

 乾いた笑いを上げるユフォンの顔には、頬に赤みが少しと、額にじんわりと汗。

「……!」セラはユフォンに向けて腕を伸ばす。

「なんでぇ……!?」情けない声を上げながら、目を閉じるユフォン。

「ふぁえ!?」

 ユフォンの情けない声の後ろで、驚きの声が上がる。その声にユフォンも目を開けて点にする。

 セラが伸ばした腕はユフォンを通り越して、長い灰銀色の髪で白いワンピースの女性の腕を掴んでいた。

「ごみぇんなしゃぃ……」女性は床にへたり込むと涙目でそう言った。

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