225:記憶に残る英雄
セラとユフォンが食事を終えた頃、その男は二人のところへやってきた。
「よそ者が余計な口挟んだみたいだな」
ラスドールだ。とセラには分かった。
だがユフォンは分からなかったようだ。「えっと、ラスドールさん?」
「ああ。なんだ今さら」
「いやあ、その顔はどうしたんですか?」
相当に訝しんだ視線をラスドールの顔に向けるユフォン。ラスドールの顔は腫れに腫れ、痛々しいものとなっていた。厳つさは微塵もない。
「? どうもこうもないだろうが。ノルにやられたんだよ。言わせんなっ」
小さく舌を打つ魔闘士。応接室から出て行った二人の魔闘士の力に大きな差は感じられなかったが、ノルウェインという男は何か特異なマカでも使うのだろうか。はたまた彼もラスドールのようにボロボロな有り様なのだろうか。後者は目の前の魔闘士の態度から考えにくいが。
「ははっ……。それで、僕にその顔の治療をしてほしいってことですか?」
「あ? ああ、そうだな。先にやってくれ。やってる間に用件を話す」
「それはわたしにってことよね?」
セラは問う。開口一番の言葉は明らかにセラに向けられたものだった。それも友好的とは思えないものだ。
不穏な空気が漂う。
だが、「じゃあ、始めますね」とユフォンがラスドールの顔を治療し始めたことで、どこか締まりが悪い。
「ああ。もちろんな。ほんとなら男の方……なんつったけか『紅蓮――』」
「『紅蓮騎士』」ユフォンがさらっと答えを示す。
「そう。『紅蓮騎士』。ほんとならあいつがよかったんだが、どこにも見当たらなかったからよ」
「?」
セラは眉根を寄せ、首を傾げる。
ヨルペン帝の意見に賛同し、攻撃を先延ばしにしたことへの文句を言われるものだと思っていたが、ズィーが話題に上るという事態。何の話をしているのだろうか。
「俺と勝負しろ、渡界人」
「ぇ……?」
徐々に治ってゆく顔で何を言うかと思えば、ラスドールはセラとの勝負を持ちかけてきたではないか。あまりにの不意打ちにセラは小さく口を開けたまま固まった。
「俺はずっと夢見てきたんだ、渡界人と戦うことを。あのブレグ・マ・ダレを破った渡界人の試合を客席から見たときからずっとだ。十八年、この時を待ち望んだ! だから、なっ! 勝負しろっ!」
セラよりも少しばかり年上だろう男は子どもの頃、ホワッグマーラで最強といっても間違いではない魔闘士を破った渡界人の戦いぶりを見て、自らも戦いたいと待望した。
なんという巡り合わせか。その渡界人というのはセラの兄であるビズラス・ヴィザ・ジルェアスだ。
「確か、セラのお兄さんだよね、その渡界人って」
「なにっ!?」
あまりの圧に仰け反るセラ。「……う、うん」
「マジかぁ! ちょ、ちょ、握手してくれよ」
ラスドールはだいぶ治った厳つい顔を目一杯綻ばせ、服で手をごしごしとするとビシッと手を差し出した。
「あ、ははっ……」
セラは勢いに押されるまま、握手に応じる。
「うぉおぉぉ……まさか、あの渡界人の妹と会えるなんて、しかも戦えるときた! ありえねぇ、夢か、夢だろ、おい……」
誰に話すでもなく独り言を連ねていく厳つい顔。セラは手を握られたまま、苦笑するしかなかった。まだ勝負に関しては承諾してないんだけどな……。
「治療はこれが限度かな」ユフォンが治癒を終わらせた。
途端、魔闘士はセラの手を引っ張る。
「おうっ! さっそく外出るぞ……っておい! その剣!」
ラスドールはセラを引っ張っていこうとした手を離し、彼女の背後に回り込んだ。
「ぅおい、マジかよ! これって、あの渡界人と同じ剣じゃねえか? なあ、なあっ!」
「……ぁ、うん。お兄様の形見、だから」
「形見ぃ!? なんだよそれ、あの渡界人死んじまったのかよ! 病気か? 事故か? あんだけ強い奴が誰かにやられたわけじゃねえだろ?」
「……」
セラの顔が一瞬曇る。どれだけ時間が経とうとも悪夢は克明に彼女の頭の中にある。だが彼女ももう子供ではない。すぐに表情を戻す。いや、少しばかり険しいか。
「直接的じゃないけど、殺されたんだ、ビズ兄様は」
「なんだって!? 誰だ! 誰にやられた! 俺がそいつ、殺してやるっ!」
迫力のある凄み。向けられたセラが殺されそうな勢いだ。周囲の人々が何事かと目を向けては、その恐ろしさに背けた。
「『夜霧』のガフドロって男」復讐の相手は赤褐色の髪の大男。「でも、復讐するのはわたし。これだけは誰にだって譲らない」
「……!」目を瞠るラスドール。「いいねぇ、姉ちゃん! 気に入ったぜ。よそ者とか言って悪かったな」
「別にいいよ。よそ者に変わりはないし」
「名前、ちゃんと聞いていいか? 姉ちゃんと、兄さんの」
「わたしはセラ。セラフィ・ヴィザ・ジルェアス。そして、お兄様はビズラス。ナパスの英雄よ」
「セラ、ビズラス……」
男は胸に刻むように数回二人に名を繰り返し唱えたのだった。
「セラ」
これは呼びかけだ。セラは「ん?」と応える。
「この問題が終わったら、お前の復讐の手伝いがしたい。手伝うくらい、いいよな?」
「うん。ありがとう」
セラは微笑みを返した。
「よーし、じゃ、外行くぞ」
「え?」
「え、じゃねえだろうが、手合せするんだよ」
「あ、そ、そうだったね……」
承諾してないとは言えず、流れに身を任せるセラだった。




