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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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223:守るか、攻めるか。

「はぁ……」厳つい顔の男が盛大にため息を吐いた。「ヨルペン帝。あなたはまたそうやって。そろそろ俺たちも耐えらない」

「おいおい、ラスドール」ヤーデンが諌める。「相手は仮にも帝だぞ。口を慎め」

 仮にもと言ったヤーデンはいいのだろうかとセラは半ば呆れる。

「俺の直属じゃないんでね」どうやらラスドールという男はホーンノーレンの魔闘士ではないらしかった。「もしこのままホワッグマーラが元に戻らないなら都市間の問題にもならないだろうし、言いますよ、この際ね」

 ラスドールが椅子を鳴らし、立ち上がる

「ひっ……」ヨルペン帝が小さな悲鳴を上げた。

「そこまでにしておけよ、ラス」彼の隣に座るうねった髪の男が楽観的に口を挟む。「喧嘩っ早いの押さえてたんだろ? いいのか、パァにして」

「ぬぅ……」

 なにやら事情があるようだったが、それを踏まえたとてどうにも感情を抑えきれていない様子だ。

「ま、今更性格変えたってナギュラは君のところには戻らないだろうけど」

「なんだと、ノル。この使えねえ帝の代わりにお前をぶん殴ってやる! 表ぇ出ろやぁ!」

 顎で窓の外をしゃくるラスドール。ヨルペン帝に加えヒュエリまで怯え始めている中、当のノルと呼ばれた男は平然としている。わずかに口角を上げる余裕まで見せている。

「ほらほら、結局性格なんてそう変りっこないんだ。無理しない方がいい」

「だからっ! お前をっ! 殴るっ!」

 うねり髪の男はその前髪を指で数度くるくると弄ると、椅子から立った。「いいよ。外に出よう。ま、どうやったって君が僕を殴るなんてできないだろうけどさ」

 悠然と両開きの扉に向かっていく男。そんな彼をヤーデンが呼び止めた。「ノルウェイン」

 扉を開けかけていたノルウェインは室内を振り返り一言。「話、進めてもらって結構ですよ。僕とラスはあとで訊きますから」

 ずかどかと足を踏み鳴らしラスドールがノルウェインが開けかけたていた方とは別の扉を開き、退出した。

「では後ほど」

 柔和な笑みを浮かべ、ノルウェインも姿を消した。

「ユフォン、二人はどういう人なの?」

 セラは隣に座る筆師に小声で訊いた。

「二人はクラスタスさんと同じワールマグの魔闘士。開拓士団の護衛だよ。さっき話にも出てきたけど、大会に出てたナギュラって女の人覚えてるかい? なんでもラスドールは彼女と恋仲だったらしいんだ、昔」

 彼女は大会の本戦を棄権した女性を思い浮かべた。黒みを帯びた赤紫色の短髪の女性だ。

「ナギュラさんも液状人間に?」

「さあ? 彼女も大会に出るくらいだから名前も顔も知られてると思うけど、そういう話は聞かないな」

「そっか」

「あ、あのぉ……理由を…………」

 帝の声が部屋に漂った。

「……ヨルペン帝」ヤーデンが恭しく。「ラスドールほどではないにしても、あなた様の慎重すぎるお考えにしびれを切らし始めている者がちらほらと出てきております」

 ヤーデンは部屋に残った他の魔闘士たちを、誰を見るでもなく視線でなぞった。皆、視線を下げる。決してちらほらとではなさそうだ。

「ヒュエリ女史が今までに上げた攻撃の提案に対しあなた様が出した返答は、確かに守るという意味では納得のいくものでした。現にホーンノーレンはこの件の発覚からのおよそ四年、敵の支配下に落ちることはなかった。しかし――」

「それが」ヒュエリがヤーデンの言葉を遮った。「まず一つ目の理由です、ヨルペン帝」

 小さな体の司書は椅子の上に立った。部屋の誰もが注目する。

「ホーンノーレンに敵の手が伸びた。これは重大な問題です!」

「で、でも、守れましたよね、今回。次だって皆が力を合わせれば……」

「今回はすでにマグリアへと戻った剣響のドードくん、それからここにいるセラちゃんとズィプくんの渡界人二人の功績が大きい。これがどういうことかお分かりになりますか?」

「……」

 帝は自らの領民であるヤーデンを見やる。その目にはユフォンの治癒のマカで軽傷にはなっているものの傷だらけの生きる伝説の姿が映ったことだろう。

 ヤーデンが静かに告げる。「俺ではクラスタス殿には敵いませんでした」

「その三名がいなければ、守れない、と」

「さらに言えば」ユフォンがヒュエリの援護とばかりに言った。「我がマグリアの警邏隊隊長ブレグ・マ・ダレをはじめとした多くの名だたる魔闘士が向こうにはいます。今回は二名による侵攻でしたが、次はどうなるか分かりません。もしも大勢で攻め込まれたら……」

 彼はセラを申し訳なさそうに一瞥した。

「彼女たちの力を借りたとしても勝てるかどうかわかりません」

 筆師は現状をしっかりと把握している。だから無闇矢鱈にセラやズィーを立てることなどしないのだ。

「それに、人を使った侵入とは限らない」

「ユフォンくんの言う通りです。人を器として自身を運ぶやり方でホーンノーレンを落とせなければ、時間をかけてでも、今までに奪われた他都市と同じように飲料水をはじめとした生活用水に紛れ込み侵略をするでしょう」

「都民や避難民には、自然の水を口にしないように注意を呼びかければ、いいではないですか。現在行われているマカによる水の生成でこの街にいる人たちが生きていくのに問題はないはずですよね?」

 ヒュエリが表情を歪める。

「液状人間の浸透寄生は体内からでなくてもいいんですよ。多くの水があれば、相手を覆うように襲い掛かるだけでいい。現在ホワッグマーラに存在する水の八割は液状人間の身体です。仮に雨でも降ったときには、向こうの攻め時……浸透に対抗できる者を除けば、ひとたまりもない」

「ホーンノーレンに、雨は、降らないです。それに、先ほど筆師の彼は、大勢相手では、渡界人の手を借りても勝てるとは限らないと言いました。それなのに、攻めるのですか? もう一つ、液状人間に身体を奪われた人たちを元に戻せる方法は、見つかったのですか?」

「それは……」ヒュエリは口ごもった。

 ヨルペン帝は痛いところを突いた。その方法が判明しない今、攻め込んだとしてホワッグマーラは救われるのかと。

「攻め込むということは、相手の準備が整っていないということです」ユフォンが語気を強めて言う。「力のある魔闘士が集まっていなければ、勝機がある。人々の解放に関しても、本体を倒せば可能かもしれません。こればっかりはやってみないことには分かりません。だからこそ、攻め時です、ヨルペン帝!」

 強引と言わざるを得なかった。刹那、部屋は水を打った。そして帝がぽつりと言葉を零した。

「液状人間の本体を倒しても、人々が解放されなかったら、その戦いで命を落とす魔闘士は無駄死にです」

 優柔不断な帝はそれほどに様々なことを考え、大きな被害を出さない答えを導き出しているのだろう。現状を維持し続けることで手一杯というわけではなく、それが最善手だと考え、そのために必要なことを選んでいる。

 それがこの部屋だけに限らず、支配されずに残った魔闘士たちには停滞に見えて苛立ちを産む。その苛立ちが気持ちを急かし、判断を鈍らせているのかもしれない。

 確かに守ってばかりでは問題は解決しないだろう。攻勢に出なければならないときは必ず来る。

 それでもセラは現状ではヨルペン帝が正しいだろうと思った。

「あの。わたしたちはすぐにホワッグマーラを発つわけではありません。解放の方法を探ってみましょう。わたしも協力します。方法が見付かれば、それから攻めるなら、問題、ありませんか?」

 セラは威厳なき顔の帝に首を傾げて見せた。

「……考えておきます」

 歯切れは悪かった。だが、この場は収まっただろう。

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