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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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215/535

211:意のままに斬る

 歩み入ってくるブレグに対し、ズィーはセラの横に来て身構えた。セラも向かってくる者に鋭い眼光を注ぐ。

「お前は誰だ」

「あんた、誰だよ」

 渡界人二人は敵意むき出しの声を揃えて吐き出した。

「おいおい、何を言ってるんだ。俺はブレ――」

「馬鹿言わないで。ブレグさんはわたしたちを二つ名で呼ばない。気配までそっくりに真似してるけど、変化へんげするなら下調べはちゃんとするべきね」

「俺は勘だ!」堂々と言うズィー。

 無機質で静かな司書室である。

「……」セラが沈黙を破る。「さあ、お前は誰? マグリアの今の状況もお前の仕業か」

 ブレグの偽者は大きく息を吐いて首をぐるりと回した。「さすがは、『碧き舞い花』というべきか」

「いや、俺は!?」と眉を顰めるズィー。

「ズィー、黙ってて」とささやき諌めるセラ。

「バレてしまったのなら、次の手段だ」

 偽者の中でわずかに魔素が動き始めたのをセラは感じ取った。攻撃が来る。

「ズィー!」

「分かってる!」

 二人は素早く剣に手を掛け、抜きに掛かる。

 だが、すでにブレグは手を突き出していた。「遅いっ!」

「っ!?」

 偽者だが、その衝撃波は本物のブレグのものだった。魔導・闘技トーナメント連続優勝の記録を保持する男のマカだ。

 二人は愛剣を抜く間もなく、窓ガラスを打ち破った。朝焼け空に渡界人とガラスが飛ぶ。

 重力よりも力強い衝撃波により、垂直方向より並行方向への移動が大きい。セラとズィーは徐々に離れていくブレグの姿から目を離すことはなかった。悠然と自らが割った窓に向かって歩いてくる。

 追撃に備え、二人は今度こそ剣を抜く。だが、ブレグは窓際で佇む。動こうとせずにしだいに重力に従っていく二人を見下ろすだけだった。

「俺が上に跳んであの偽者倒してくる!」

 ズィーが落下に伴う風音に負けない大きさで叫ぶ。セラはそれを聴くとすぐさま彼の腕を掴んだ。

「待って、ズィー! 下に人が集まってる!」

 彼女は感覚で捉えた事実を伝える。ぞろぞろと魔導書館の庭、時計塔の真下に人が集まってきているのだ。

「はいぃ?」眉を顰め、視線を下に向けるズィー。「朝っぱらから野次馬かよっ」

「ううん! よく見て! みんな、武器持ってる!!」

「……! ほん……だけど、あれってマグリア市民じゃないか!?」

「うん! でも、分かるでしょ? みんなわたしたちに殺意を向けてる!」

 集まった人々は今か今かと二人が落ちてくるのを待ち望んでいた。明確な殺意がひしひしと上空まで伝わってくる。

「くっそ……どうなっちまったんだよ、マグリアは!」

 ズィーは言いながら体を反転させ、地上に対して臨戦態勢を見せる。慌ててセラは彼の腕を引っ張る。

「ちょっと、ズィー! あの人たち、普通の人たちだよ!? 駄目!」

「駄目っつてもよ! 何もせず殺されろってか? 着地して、んでどっかに跳ぶ。それくらいできる隙作らねえとだろ。さすがに数が多すぎる」

「そうだけど!……分かった、わたしがやる!」セラはズィーを支えに体を反転させる。「ズィーじゃ思いっきりやり過ぎるでしょ」

「うぅ……任せたっ!」

 一瞬苦い顔を見せたズィーだが、大きく頷いて了承する。セラも頷き返す。

 オーウィンを後ろに引き、自分たちが着地するであろう地点に群れる一定のマグリアの人々にだけ集中する。

 ――刃に自らの意思を伝え、自らと一体とする。

 ズィーと共に修行をした時に受けた教えを思い返す。実際にはこれほどに硬くなく、砕けに砕けた言い回しだったことも思い出し、ふっと笑みを浮かべる。

『紅蓮騎士』にとって剣の師匠の一人であるシズナ。『昂揚する竹林(ズィル・ヴォルン)』でただただ剣を極める女性は、今しがたセラたちの前に現れた偽者ではなく、本物のブレグの妻だ。

 セラは剣にマカで膜を張った。斬れないようにする分厚いものではない。薄く、鋭く、ピタリとフクロウの形に添わせたものだ。

 ――一体となった刃は自らの意に従い、放つ。

 思惟放斬(しいほうざん)

 斬ったという意思を刀剣より放ち、決して届かぬ距離の対象物のみを斬る技術。見渡す限りの竹林の中、シズナが遠方にあるただ一本の竹を見事に斬った光景をセラは今でも覚えている。

 セラは集中することでやっと、斬りたいものを斬れるという現況。意思を飛ばすことは出来ない。それをマカを纏わせ、それを放つことで補うのだ。

 静かに振るわれたオーウィンからマカの斬撃が飛ぶ。共に落ちているセラとズィーを置いていき、地上に迫ってゆく。

 二人より早く地上に着いた斬撃は、人々の持つ包丁や鎌などの日常的な刃物、簡易的にマカを放てる魔具、そういった武器だけを打ち砕いた。彼らの身体、衣服からはもちろん、足下の地面すら傷つけことなくだ。

 武器の破壊に驚いてできた隙が無くなる前に、二人は地上に着地した。それぞれの方法で衝撃を抑えて。

「行くぞっ!」

 途端、ズィーがセラの手を握り、尖塔の下より姿を消した。

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