209:時が経ち、変化したもの。
碧き花が、橙に染まる街に閃いた。
次いで紅き花。
「なんだかんだ言って、久しぶりだな」
間もなく二十二になろとしているズィプガル・ピャストロンは前回マグリアにいたときよりその紅き髪が短くなっている。額の傷は見え隠れではなく、半身を前髪から露わにしている。
碧き花散る模様をあしらった雲海織りの衣装の上に、軽装だが鎧を纏い、まさに『紅蓮騎士』といった風貌だ。
「そうだね。もっと来るものだと思ってた」
元々大人びた顔つきの美少女だったセラフィ・ヴィザ・ジルェアス。約四年という歳月を経ることにより、彼女はまさに絶世の美女となっていた。戦士にしておくことがもったいないと、とある世界の王子に見初められてしまうほどだ。もちろん彼女は丁重にお断りしたが。
白銀の髪は後ろに結い上げられて、右耳に付けられた両親からの贈り物である水晶の飾りを露わにしている。今まで通りと変わらないスタイルだが、実際はズィーに対して彼女は髪を伸ばしていた。下ろせば、肩口を超えて背中に差し掛かる程度の長さだ。一時は腰あたりまで伸ばしたこともあったが、最近はもっぱら今の状態で落ち着いている。
「俺たちも色々忙しかったし、しょうがないだろ。それに、マグリアも忙しかっただろうし」
二人が共通して思い返すのは第十八回魔導・闘技トーナメントの直後に起きたドルンシャ帝の引き籠りと帝居からの物品と情報の盗難についてだ。
「解決したのかな?」
「さあ? でも、もしかしたらしてないのかもな。第十九回大会の話題、どこ行っても聞いたことないし」
大会についてはセラも再来に至るまでに一度も耳にしたことがなかった。彼女は頷く。
「うん……なんか、来てみたらそんな気がしてきた」
二年に一回行われるホワッグマーラの魔導・闘技トーナメント。通常通りなら今年は第二十回大会が催されるはずだ。だが、セラは街灯が灯る街を見て不安に思う。
「いくら夜が深いからって、静かすぎる。大会前って街が飾られて、それだけで賑やかなはずなのに」
彼女の言う通り、街は街灯のみを装飾とし、壁には張り紙一つない。どこをどう見ても彼女たちの知る祭の前とは違った。
どこの窓からも光が漏れていない。
「そもそも、人の気配がない……」
「さすがにおかしいよな。ちょっと歩こう。別の場所を見てみよう」
「うん」
二人は寂しささえ感じるオレンジの光に満ちた街を歩き出した。
不気味とも思える水路を流れる水の音を聴きながら、二人はマグリアの中心へと足を踏み入れた。噴水広場だ。遠目で見えていた時点でセラは目を疑っていたが、今、眼前に広がる光景に息を呑む。
「…………どういうこと」
造園で彩られていたその場所からは、色が失せていた。枯れ果てた残骸すらない。噴水からは力なく、だが延々と水が吐き出され、無情に淡々と水路へと流れていく。
わずかに土だけを残した花壇に歩み寄り、いつくしむように手を触れるセラ。
「これじゃ、ジェベュムみたい――っ!」
突然に現れた気配。セラは飛び退いた。
「ブァンドムグンッ!!」
パンのような質感の拳が規則正しく並べられたレンガの地面を砕いた。
「ファントムくんっ!?」
クマのようでタヌキのよう、見ようによってはウサギにも見える人型の幻影霊、通称ファントムくん。魔導書館司書ヒュエリ・ティーによって生み出され、大会の予選で参加者をふるいにかけた存在だ。しかし、彼らは禁書の中だけの存在ではなかったのだろうか。
セラはそんなことを疑問に思いながらもオーウィンを抜いた。愛くるしい体躯だが、その目は獲物を狩る肉食獣のそれだった。戦うしかないようだ。
「セラ! これって!」
ズィーも離れたところでスヴァニを振るっていた。
「うん! とにかく今は倒そう! 事情はあとでヒュエリさんに訊こうっ!」
あっという間だった。
次々と湧いて出た白き生物はセラとズィーに圧倒され、力なく伏し、積み重なって山を成している。そこだけ雪が積もったかのようだ。
「もう、出てこないか?」
ズィーはスヴァニを収める。辺りを警戒する素振りを見せるが、その顔には汗一つかいていない。
「大丈夫だよ。外在力使えばいいじゃん」
セラもまた涼しい顔で、ズィーを見やってオーウィンを背にする。
「いやいや、これくらいで外在力必要ないだろ」
「でも、そうじゃないと感知できないじゃん、ズィーは」
「勘はお前よりいいけどな」
「そ。じゃあ、この状況がどういうことなのか、勘で言ってみてよ」
「え? あー、そうだな……。ヒュエリさんの暴走?」
問われてわずかに考え込んだズィーを尻目に、セラはマグリア一の高さを誇る魔導書館の尖塔に目を向ける。大きな時計が彼女を見返す。
「よし、じゃあ司書室行こうかな」
「っておい、無視すんなよっ!」
碧と紅が閃いた。




