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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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206:姿なき多勢

「ぁがっ……」

 背中を斬られた。

「っく!」

 気魂法を放つ。一瞬露わになる敵に囲まれた状況。消えかかる。近場にいた敵に斬り掛かった。手応えはあった。だが、浅い。避けられた。

「んばぁっ……」

 腹を蹴られた。

 這いつくばると、顔を蹴られた。

「あ゛っ!」

 過去に類を見ない危機。それでもイソラが守ってくれているのだろう。彼女が見えず、聴こえず、感じられなくなってからだいぶ経つが、まだセラは生きている。

 時々気魂法であたりの状況を知るのだが、慣れないからということを差し引いても気魂法は大きく息を上がらせる。

 衝撃波を体全身から放ち、全方位に向けて攻撃をするが当たっているのか判別できない。牽制にはなっているものの、今のあり様から言えば、上々とは言えないだろう。

「ぁあっ……!」

 見えない刃に脇腹を貫かれた。身体を貫くそれが見えないことで、ぬらぬらとした穴が体内を見せびらかす。

 戦いの最中、ここはイソラ一人に任せて自分は足手まといにならないように外に跳ぼうと考えたが、跳べなかった。身体にその変化は感じられないが、『幻想の狩り場』という場所の技術で作られた手枷を付けられてしまったのかもしれなかった。

「んん゛っ……」

 背中を蹴られ、刃が身体から去って行く。よたよたとバランスを崩し、前のめりに倒れた。

 とどめを刺されても不思議ではない状況だが、なかなかにその衝撃はない。

「イソラ……」こちらから声は聴こえるだろうと弱々しくも話し掛ける。「わたしに構わないで……イソラだけなら負けないでしょ……?」

 返答はないが、イソラのことだ。否定していることだろう。自ら諦めを口にしながら、彼女のそんな姿を想像したら笑みがこぼれた。

「ごめん、イソラ。やっぱ駄目だよね、諦めちゃ」

 オーウィンを支えに立ち上がるセラ。大きく上下する肩。血塗れの雲海織りには血に負けない鮮やかさで紅玉の色が映えている。

 傍にいなくとも、守ってくれているような気がした。そして、ズィーを思い浮かべたからか、さっき幻覚として会ったエァンダの顔が追従して浮かぶ。

 ズィー(幼馴染)ならどうするだろうか……ズィーは戦い方違い過ぎるからやめとこう。

 その考えに「おいっ!」と声が聴こえた気がした。だが、これは弱まった自らが作り出した幻覚だろう。

 エァンダ(兄弟子)の方が戦い方は似ている。参考にするならこっちだろう。エァンダならどうするだろう。

「教えるの下手だからな」と聴こえた。というより、思い出した。牢の中の彼女に彼は気読術と勘を教えてくれた。気読術は今、役に立たない。だが、勘はどうだろう。

 勘で戦ってみるのも悪くないかもしれない。

 苦笑ぎみの微笑みを湛え、彼女は剣を構えた。

「分化、そのうち教えてくれるって言ってけど、ほんとかな」

 いつになることやらと思いながら、セラは身を翻し、オーウィンを振るった。

「!……やった」

 しっかりとした手応えに口角が上がる。だが一度の成功で喜んでいる場合じゃない。すぐさま次の攻撃を繰り出す。

 浅い。

 深い。

 外れた。

 止められた。

 浅い。

 防げた。

 斬られた。

 殴られた。

 防げた。

 反撃。

 深い。

 浅い。

 止められた。

 防ぐ。

 刺された。

 避ける。

 深い。

 深い。

 避ける。

 浅い。

 防ぐ。

 反撃。

 深い。

 避ける。

 深い。

 セラの勘だけに頼った戦い方に周囲の見えない存在達はイソラも含めて驚いていたことだろう。徐々に精度をあげ、まるで幻覚は破られてしまったかのような立ち回りを見せる。しまいには、連続して数人を切り捨てるまでになっていた。

 そうなってしまえば、セラに敵うものはこの場にはいなかったようだ。勘ではあと数人を残すだけ。セラは一番近くにいるであろう敵に向かって剣を振り上げた。

「……!?」オーウィンは受け止められた。セラは勘で問う。「イソラ?」

 もしかしたら、今までに受け止められていたのもイソラだったのかもしれない。あとで謝罪しなければ、そうセラが考えると、不意にサファイアにプルサージとその首に刀を押し当てるイソラの姿が映った。

「幻覚は……解除した……」

 山高帽のその言葉に、イソラの顔がセラを向く。セラは彼女に目を合わせ頷く。

 さっき攻撃を受け止めたのはやはりイソラだったのだろう。捕虜とするプルサージをセラが殺してしまわないようにしたのだ。

「プルサージ様っ! おのれっ!」

 わずかに残っていた兵士の一人が叫び跳んできた。セラはしっかりと相手を見て、躊躇なく斬り捨てた。辺りを見回せば、惨状だった。だがビュソノータスに悪魔によって与えられたものには遠く及ばず、その上すべて敵の死体。心は痛まなかった。

 それでも元来、人を殺すことなど微塵も頭なに無かった姫だ。そのことを忘れないように、命を落とした者たちの冥福を祈った。様々な人種が混じっているところを見ると、心から『夜霧』に染まっていなかった者もいただろう、中にはナパスの民のように奴隷のように協力を強制されていた者もいただろう、そう強く願いながら。

「ひっ……」

 まだ残っている兵士数名はすでに慄き、纏まり、諦めている。殺す必要はないだろう。害のなくなった下っ端を殺めることをすれば、それは戦いではなく殺戮になってしまう。

「……ぃっ」

 戦いの興奮が冷め、セラの身体は鈍重と鋭敏両方の痛みを訴える。膝をつく。

「セラお姉ちゃん!」

 イソラは敵に刃を押し付けたまま彼女を心配すると、キッとプルサージを睨んだ。だが、プルサージは小さく首を横に振る。

「幻覚は掛けてない……。傷の痛みでしょう」

「セラお姉ちゃん?」

「そいつの、言ってる、ことは、本当だよ、イソラ」

 セラは薬カバンから痛み止め粉末を取り出し、水で一気に飲み干した。飲み込んだ体動でまた身体が傷み、彼女の顔が歪む。

「ひとまずは、これで、ちょっと経てば動ける、かな。そしたら、応急処置して、そいつ連れて、帰ろう。傷を治せる力を持った人が、いるからその人に治してもらうよ……」

 膝をついた形から、仰向けになったセラはそうイソラに説明した。

「うん。じゃ、あたしこいつを縛っとくよ。変な動きしたら、分かってるよ?」

 イソラが言うと、皮肉の表情でプルサージは言う。「捕虜にする人間を殺すなんて愚かなことはしないだろ?」

「まあね。でもどうだろ、情報引き出すためにひっどい拷問するかもよ? 特にあたしのお師匠様とかが」

「どんな拷問をしようと、わたくしは何も話す気はない」

 プルサージはそう言った後、口を開くことはなかった。

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