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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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202:求血姫の美学

「あれがそう」

 格子模様の蔵を見下ろす橋の上。イソラが言って示したのは山高帽を被った男だ。密売人とやり取りをしていたという、蔵を管理する『夜霧』の男。

「分かった。……!」

 男が蔵から出てきたすぐあと、桃色と朱色がセラの目に入ってきた。ドレスに身を包んだルルフォーラだ。

 男は恭しく彼女に声をかける。「ルルフォーラ様、もう一つの蔵はこちらです。ご案内します」

「遠いの?」燃えるように揺らめく瞳を男に向け、ルルフォーラは優雅に、気だるげに訊く。

「歩いて十分ほどです」

「殺すわよ」

「はい?」

「遠いって言ってるのよ。わたしが脚痛めてるのを知って言っているなら、本当に殺すわよ、あなた」

 優雅だが迫力のある声色で言いながら、ルルフォーラはヒィズルでケン・セイに突き刺された太ももをさする。まるで傷を隠すかのように片方の太ももだけタイツに包まれている。

「ああっ! わたくしとしたことが、申し訳ありません。すぐに昨日の巨人を呼んで参ります。しばし中でお待ちください」

「急ぎなさいよ」と言いながらルルフォーラは蔵の中へ。

 男はそそくさとどこかへ歩を向けた。おそらく、巨人籠のナロダロのところだろう。

「どうする? 追う?」

「ううん。どうせ戻ってくるんだし、今は蔵の中に意識向けとておこう。無いかもしれないけど、ルルフォーラがどこか行っちゃったら困るし」

 イソラの問い掛けに、セラは首を横に振る。蔵の中へと姿を消したルルフォーラが今から別の世界に行くということは考えられないが、目を離すわけにはいかない。

「そだね」

 イソラも同意し、二人で求血姫と蔵に集中したのだった。


 その後、十分足らずで男が戻って来た。自らが籠に入り、頭上に声を忙しく掛けながら。

「急いでくれ! 客を待たせるな! 命懸けで走れ! 金は倍払う! とにかく急げ!」

 決して近いとは言えない橋の上にいた二人にも、もちろんセラもイソラも超感覚があるからということもあるが、はっきりと聴こえるような大声だった。

「急ぐも何も、もう、着きましたよ、お客さん」

「いいや、これからだ。一度降ろしてくれ、ルルフォーラ様をお連れする。ああ、昨日も言ったが、あの方が来ていることなどは誰にも話すなよ」

「……あ、はあ、もちろん」

 男はあくせくしながらルルフォーラを呼んでいて気付いていないようだが、ナロダロの大きな目は一瞬泳いだ。釘を刺されたその晩に酒場で友に話してしまっているバツの悪さからだろう。

「ルルフォーラ様、どうぞ足下に置きおつけて」

 男はルルフォーラの手を引くと降ろされた巨人籠の中に導いた。そして自分も続いて入った。

「唐草の蔵の方へ行ってくれ」男が籠から顔だけを出し、ナロダロに向かって言った。

「はいよ! 喜んでっ!」

 ゆっくりと、なるべく揺らさないように籠を腰に掛け、ナロダロは歩き出した。もちろん、セラとイソラはそれを追った。


 唐草模様の蔵にて、ルルフォーラは武器を物色する。セラとイソラは蔵の後方にある巨人の居住区の物陰だ。イソラが一人で監視するときに使っていた場所だという。

「こっちにもあまりいいものないわね」

 夕日の頃の終わり。呆れの意がこもったルルフォーラの声が聴こえてきた。

 蔵の外にいるセラには彼女の声がしっかりと届いているが、細かな動きまで捉えることは出来ない。イソラほどの超感覚であれば視界の外での微かな音でさえ誰が起こしたものかを判別し、その行動すらも追えるのだが。

 気読術を使えばセラにも行動を追うことができないことはないが、そうしてしまうと声が聴こえなくなってしまう。だから今回は超感覚だけを使い、気になることがあればイソラに訊くという方法を取っていた。

「お、お言葉ですが」これは山高帽の男の声だ。「わたくしは粗悪品は仕入れません。先日ヌロゥ様やコクスーリャ様がお越しになられましたが、お二人にはお褒めのお言葉を貰いました」

 男の言葉にセラはくすんだ緑色の瞳を思い浮かべる。そのぬらっとした表情を。そして、もう一人の名はゼィロスとカッパが集めた『夜霧』の情報の中にあったものだった。部隊長に準ずる者として挙がっていたその男をセラは記憶の中で確認する。

 コクスーリャ・ベンキャ。

 顔も判明していた男で、本当に『夜霧』の一員なのかと思うような爽やかな顔で笑っているだった。情報は名前と顔と部隊長に準ずる者ということだけ。

 だが、少なくとも三人は名の通った『夜霧』のメンバーがこの地を訪れている。そのことがこの拠点が重要なものであると示している。

「ふんっ。歪んだ剣を使う奴と拳闘使いでしょ? 武器なんてまともに見てないわよ」

「は、はぁ……」

「武器には美しさが必要なのよ。敵、そしてわたし自身の血で染まった時に美しさは頂点を迎えるの、ふふっ」

「……っ」男が息を呑んだ。「り、理解しました。ですので、どうか、その、剣を下ろしてくださいませ……」

 どうやらルルフォーラは男に刃を向けているようだ。殺す気はないのだろう。声からは男をからかって楽しんでいるような印象を受ける。

「あなたの血もなかなか面白いわよね?」

「ぇ、っと、はぁ……はい?」

「ちょっと頂戴よ」

「っ……ルル、フォーラ様、ぁ……」

 声では状況がはっきりとしない。セラはイソラに訊く。「何が起きたの?」

「あの女が男の首を斬って……セラお姉ちゃんの時みたいに血を舐めてる。ううん、違う。思いっきり、吸って、飲んでる……」

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